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腕時計

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静かな部屋の中で カチッカチッカチッとしっかりした音が耳に届く。
いや、ずいぶん静かとはいえ、こんな小さな腕時計からと思いきや、部屋の時計の秒針の動きが刻む音だった。
ボクは、耳元に腕時計をあて その音を聞いた。
カサッカサッカサッと乾いた音が耳の奥にどんどんはいってくる。周りの音を取り込まないほど、その音に釘付けになってゆくボクは、目を閉じた。
カサッカサッカサッ「よん ご ろく しち はち」キミの鼓動のような気がした。
実際に聞いたことがあるわけではないけれど、キミが身につけていたものだから そう感じるのかな。規則正しく鼓動を刻む。
ただ聞いているだけなのに、ボクの鼓動は、徐々にペースを乱し速くなってきたようだ。
いつもキミが部屋に居て、ボクの背中の後ろでなにやらしているときは、ボクの鼓動はとても穏やかだ。それなのに 居ないキミを想うとボクの鼓動が落ち着かない。
(早く逢いたいよぉ…… 今度はいつ来るかな…… どんな驚きをみせてくれるのかな……)と、ボクの心は待ち遠しくて仕方ないらしい。

カチャとキッチンのほうで音がして、ボクは一瞬で目を開けた。
洗った食器の置き方が悪かったらしく ずれて当たった音だった。
こんな音ひとつで現実に返ってくるとは お粗末な結末に舌打ちもしたいところだ。
ふと、キミが腕時計がなくて困ってはいないかと気に掛かった。此処に忘れたことに気付いているだろうか? 何処かで落としたかと探し回ってはいないだろうか? それとも 代わりの腕時計を幾つも持っているかもしれないし、わざと置いていってくれたのかもしれない。まあ、最後の想像は違っているかな。
ボクは、メールをしてあげようと携帯電話を持ち上げた。そのとき、手に響き伝わってきた振動は、キミからのメールだった。
『腕時計を忘れてしまいました^^ 一晩預かってください。あ、エサは与えなくてもよいにゃん おやすみにゃんさい』
「おやすみって それだけ?」
ボクと過ごしたことは何もないのかと、少々ふてくされても キミの笑顔が思い出されて頬が緩むのを留めておくことは難しい課題だ。
それよりも、また明日キミに逢える、そのことがボクの頬と目尻を緩める。

可愛い猫の首輪を一晩大切にお預かりしようと思う。
キミが忘れていった小さな鼓動を刻む腕時計。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:腕時計 作家名:甜茶