アインシュタイン・ハイツ 102号室
なので、あまり詳しい事情は語らず、昔……それこそ俺が三つか四つぐらいの時に、俺の家に叔父さんと一緒に出入りしてたっぽい人なんだけど、とだけ言って幽霊さんの詳しい人相風体を説明すると、悠子は優雅な眉間に深い皺を寄せ、それはそれは深いため息をついた。
「あのね、カズちゃん。いくらわたしでも、そんな人のことなんか知ってるワケがないと思わない?」
「は?知ってるわけがないって、何でだよ。昔家に来てた人なんだぞ。お前だって」
「だってじゃなくて、よく考えて頂戴。カズちゃんがこの家に引っ越してきたのって、わたしがまだ六つの頃だったから、カズちゃんは小学校の一年生の頃でしょ。それより前のことなんか、わたしが知ってるわけないじゃないの」
「……あ、そーか。そうだよな、言われてみれば」
言われてはっとする。言われてみればいちいちその通りで、俺がここに引っ越してきた七歳の時以前の昔を、悠子が知っているわけがない。
まったく俺とした事が、どうもあの幽霊さんを目の当たりにしてからと言うもの、微妙にテンパってるなぁ、と息をつくと、悠子は顎に指先をあてながら、しかめっ面のままおっとりと首を傾げた。
「ていうか、その方、叔父様と一緒にいらっしゃってた方なんでしょ?それなら直接叔父様にお伺いしてみたら?」
「いや、それはそうなんだけど……なんつーか、事が事だしさあ」
「事が事って、一体何がどうしたの」
やはり叔父に聞いてみるしか手はないのだろうか。けど居候させてもらっている身分で、「この部屋に幽霊が出る」だとか、「その幽霊はたぶん俺や叔父さんに関係のある人だと思うんだけど、心当たりはないか」とか、そんなことを根ほり葉ほり聞くのは流石に気が引けるだろう。
それで俺が言い渋っていると、悠子は眉間に寄せた皺をさらに深くして唇をとがらせた。
それから上目遣いにじっとりと、ものすごく恨みがましい気合いの入った視線で人を睨むもので、圧力に耐えかねた俺も口を割らない訳にはいかなくなってしまう。
「――……お前、幽霊って信じる?」
「……叔父様のお宅って、お化け屋敷なの?」
その一言で無駄に何かを察してしまったらしい。悠子はそう言うと、不機嫌な表情から一転してニンマリとものすごく不吉な感じに微笑んだ。
「そう。やだわカズちゃんたら、わたしがお化け屋敷が大好きだって知ってたくせに、そんな大事なことを黙っているなんて、水くさい」
「や、ちょ、待て、今のはその、そうだ、言葉のアヤって奴でだな!!」
あわてて言い繕おうとしたところでもう遅い。にこにこと性悪な微笑みを満面に浮かべた悠子は、がしっと俺の手をつかみ、有無を言わさない調子でぎゅっと握りしめる。
「わたし、その叔父様のおうちに行ってみたいわ。ねえカズちゃん、いいでしょう?いいわよね?はい決定」
この幼なじみと十年ほぼ毎日顔をつき合わせてきたおかげで、こいつがこういう顔をしているときは大抵ろくでもないことを考えているときだ、と言う予測はついていたが、今更である。
俺がうん、と頷く暇もなく、勝手に人の予定を決めてしまった悠子は、次の瞬間ぱっと俺の手を離すと、怖いぐらい上機嫌な微笑みを顔に浮かべたまま優雅に小首を傾げた。
「それじゃあ、次の土曜日にお伺いするわね。叔父様にもそう申し上げておいて下さる?」
「――……はい……」
はぁ、とため息をついて頷く。
こうなってしまったら、拒否権という言葉の意味を悠子に聞いてみたところで無駄だということは、もう嫌という程知っていた。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 102号室 作家名:ミカナギ