双子エピソード
自分でもいたたまれない出来で、思わず器を下げようとしたら、その手を止められた。
「いいよ。食うから」
そう言って、ヴァイスは焦げてよくわからない物になったシチューにスプーンを落とし、あからさまに顔をしかめる。一口だけ口に入れて、無理やりに嚥下するさまに、困惑と苦笑がこぼれた。
「んな無理して食うなよ」
自分の料理の下手さは自覚しているだけに、そうされるのもなんとも申し訳なくなる。けれど、そう言うと、そいつは無理矢理に勢いよくそれをかっ込んで、そのクソマズイだろうシチューを見事に平らげてしまった。
そして、空になった器をただ静かに見つめて、こう言った。
「あいつらは、もう、こういう料理すら食えないんだなって思ってさ」
ぽそりとつぶやくヴァイスの声は細かった。
「俺はあいつらとは違う時間で生きてるけどさ。けど、ほんの一瞬でも一緒だったのに、俺だけしか残らないのって、やっぱ、辛い。確かに人間ってのは、魂は生きてる。けど、生まれ変わったあいつらは俺達と違って前のこと何も覚えてないんだ。だから、死んだらそこで終わりなんだ」
自分の手を、ヴァイスはきつく握りしめる。いつの間にかその手は俺の手よりでかくなった。けど、こいつにはその手ですら足りないのかもしれない。抱えたいものが多くなっていく。手がいくらあっても足りなくなっていく。それは、きっと悪いことじゃない。
ヴァイスは俺とは違う。きっと、ヴァルディースとも違う。人間の中で生きてきた精霊だからだろうか。とても人間らしい生き物になった。そんなこいつが、たまらなく、俺は愛しかった。
「なあ、ヴァイ」
俺はヴァイスに呼び掛ける。
「俺はお前みたいな気持はわからねぇよ。けどな、お前がそういう風に思って、そして今やっぱりここにいて、俺の飯ですらちゃんと食ってくれるのが、嬉しいよ。たとえ、他の誰が消えていなくなっても、お前がここにいてくれたことが、何より、嬉しい」
だから、もう二度と負けるんじゃねぇぞ。そう言おうとして、阻まれた。ヴァイスが俺の腕の中に飛び込んでくる。もう俺よりでかくなって、俺が抱きしめてやるのも難しくなって久しいのに。背中をなでてやると、肩を震わせて顔を俺の肩に押し付ける。あふれる涙が、布ごしに伝わってくる。
今のうちに泣いておけばいい。これからもっと厳しいことも起きるだろう。それでも、俺はこいつを大事に守ってやりたいと、それだけは心から思うのは、間違いなかった。
自分でも、こんな風に思える日が来るなんて、思ってもみなかった。俺は、ヴァイスと、それからヴァルディース、自分が出会ってきたいろんな人間。そう言う奴らを、とても、大事に、思っていたんだと、改めて気付かされた気がした。
けれど。
「母さん……」
「どうした、ヴァイ」
「……。吐く」
宣言の直後、見事に俺の懐にぶちまけられたシチューの残骸。
俺の感傷は一瞬にしてだいなしになる。ツンと漂ってくる胃酸の匂いに俺は頭を抱えた。
「おげぇぇぇ」
「だからやめとけって言ったじゃねぇかばかやろおおおお!!」
なにはともあれ、どうにかヴァイスの冒険は最初の試練を乗り越えた。けれど、このまま順調にいくとは限らない。何事もなく無事に仕事を全うしてくれればいい。俺は、ただそれだけを願う。