おもいで
ルールを無視する行為に眉をひそめる連中もたくさんいた。だがそれを口に出す奴はいなかったし、あいつを排除しようとする奴もいなかった。何故なら、あいつの行動を称える連中が少数ながら存在して、その中には、成績一位。あいつ以上の実力を持つ唯一の優等生も含まれていたからだ。
そもそも成績二位の優等生に逆らえる奴なんてこのクラスに一人しかいない。その一人があいつに味方しているなら、あいつが何をしようと文句は言えないのだ。
それをいいことに、あいつはルールを無視し続けた。優等生にも劣等生にも変わらない態度で接し続けていた。このクラスが長きに渡って維持し続けてきた『制度』など、関係ないとでもいう風に。
いや、きっと心の底では劣等生(おれたち)を馬鹿にしていたに違いない。表面上は優しくして見せることで、自分の優位さを、自分は周りの人間と違うのだと確認しているのだろう。
あいつはただの偽善者だ。優しくて公平な自分に酔っているだけだ。ほんの少しの賛同を得ただけなのに何かを変えた気になっているだけだ。その証拠に、あいつを擁護する一位の優等生すら、下の奴らと関わろうとしてないじゃないか。
優等生は優等生らしく、劣等生を見下していればいいのだ。
それが分からないなんて、やっぱりあの優等生はただの馬鹿なのだ。
数年後、おれたちは卒業した。
卒業したらあいつとの縁は切れるものと思っていた。なにせ優等生と劣等生では進む先が全く違う。しかし、あいつはなぜかおれと同じ場所にやってきた。劣等生が行くような場所にわざわざやって来たのだ。その上、来て何をするのかと思えば「救われない人達を助ける」のだという。
ふざけてると思った。あいつは卒業してもまだ優等生ぶって、劣等生(おれたち)を見下したいのかと。
しかし、一年後。事態は急変した。
あの優等生が破ってはならない規則(きまり)を破ったのだ。何よりも大切な、何よりも守るべき規則。それを破って、あいつは逃亡した。
おれは歓喜した。落ちこぼれから優等生になったあいつが、今度は落ちこぼれ以下の存在になったのだから。優等生がどれほどいい成績を取ろうと、『良いこと』をしようと、今となってはおれの方が上なのだ。
あいつは今、自分のことをどう思っているのだろう。清く正しく生きることを至上としているような奴だ。規則を破った自分に幻滅している? それとも自分が正しいと思い込んでいる?
きっと後者だろう。あいつは自分が間違ってるなんて認めない。けれど間違っているのだ。試験で二位を取ったときと違って。
それにしてもあの優等生がいないのは腹が立つ。規則を破って逃げ出して、罰せられないままのうのうと生きているのだ。それが我慢ならない。
それと、あいつが規則を破る原因になったあの女。他人を見下しているような目をしたあいつ。ほんの少し力があるというだけなのに、自分は特別だと思っているのだろう。そしてその力を振るうのに、決してためらったりはしないのだ。
気に喰わない。優等生はあの女の何が良くて規則を破ったというのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
あの優等生は逃げ出して、でも自分は間違っていないと思っている。こうなったらあの優等生に、どうあってもあいつの方が間違っていて、おれの方が正しいことを教えてやらなければ。そして自分が特別だと思い込んでいるあの女を、ぐちゃぐちゃに叩きのめしてしまえたらどんなに気持ちいいだろう。
そうだ。きっと面白い。きっと愉快だろう。きっと楽しいだろう。
おれがあの優等生を、あの女を、叩き潰してやるのだ。その時こそ、劣等生(おれ)は優等生(あいつ)より優れた人間になるだろう。