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読者の君

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あれ? 人の足音が聞こえる。なにかミスがあったのだろうか。いやな予感がするのでこれを消すことにしよう。君は読者ということになっていたノウボディなので消すと君はいなくなる。もうわかってるよね、きみは高々一時的な見做し法人であって人であることすらさだかではなかったのだからね。ああ、私はややあわてている。あるいは、君の勘ぐるように、あわてたふりをしている。ええっと、私は何をし残していたっけ? そうそう、こんな文章をでっち上げた目的をまだ君に言ってなかったね。ここまで期待して読んでくれた君をがっかりさせたくはないな。失礼だな。じゃ、言おうか。
言うよ! 
これを書いた目的は……、
私が本当は何をしたかを隠すためだ! 
それを言いたいからこそ隠しているのだよ! それを言いたくないからこそ隠さないんだよ! 君、当ててみたまえ。長年つちかってきた勘では…… だめだめ、あくまで論理と実証だ。私は何をしたのか? 何をしたかを隠すために何をしたのか? すれっからしの読み手である君に問う。 
では消そう…… うん? ちょっと待てよ? もしかしてもしかして消すと私が消えるのかもなぁ。恐ろしくも興味津々の疑惑だ。
君、何をおかしそうに笑っているのか。えっ、君を設定する限りでしか私は存在しないって? 君をでっち上げているがゆえに私があるのであって、はかない限りの君なんぞが実は私のこの確たる存在を支えているって? 私自身がそのことをわかったうえで戯れているって? 君! お戯れもいい加減にしろよ。君は私の言ったことを裏返しにいっているだけじゃないか。私とおんなじじゃしょうがなかろうが。なんだってぇ、私と君とが同じ? もしかして君は私なのかね? ふん、御託は勝手にならべておれ。一瞬連帯の挨拶でも送りたくなったが、それはえらい思い違いだとすぐわかったよ。連帯は他者同士が結ぶんだ。同一だったら連帯の挨拶を送るだけの隙間がない。 
もうすぐノックの音がするだろう。その前に消そう。君だけ消えるか、私だけ消えるか、両方消えるか。
はい、消去。
おや、どうしたことだ。消えない。なにも消えない! というかなんというか、消えたか消えなかったかどうやって判定するんだっけか? 
いかん、こんなことをまだ打ち込んでいる。キーボードをたたくのをやめなくては。ん? 私はふざけていないよ! 今は、ほら、とてもとても真剣じゃないか!
ノックの音がはじまった。だれだ? そんなバカなことはあるはずがないのだが、孝雄か? まさか慶香ではあるまいな? 
トントン・……

                                                  完


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作品名:読者の君 作家名:安西光彦