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正しいフォークボールの投げ方

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 ヒロは雨で中止になってくれたらと思ったが、中止になったとしても、結局自分が野球をしなければいけないのだから、ここで雨が降っても別段意味が無いのだ。

 額に滴る汗や雨の雫を右腕で拭うヒロ。

「あっ!」

 雨のお陰なのか、若干頭が冷えたのが良かったのか。思い出した。あの変化球の投げ方を。

 グラブに収めている球ら、父から教わった通りに右手の人差し指と中指の間に深く挟んだ。バスケをしていたからなのか、ヒロは人より指が少し長い。その為か、挟んだ指の間に痛みを感じるものの、しっかりと挟めた。痛みも我慢出来る痛さだ。球が外れないように強く挟み続けた。

「行きます!」

 先ほどと同様に大きく振りかぶると上半身を捻り、勢い良く腕を振りきった。実感出来ないほど球が指からスッポ抜けた、無回転で大した速さでも無く直進して行く。

 一見、打ち頃の棒球――

「貰った!」

 打者の感嘆が漏れ聞こえるかの如く、バットを振る。バットの真芯で球を捕えた――と思った矢先、打者の手前の所で一瞬、球が僅かに揺れる。直近に居た打者、捕手がこの微細な動きに反応すると同時に、球は瞬く間に目の前から鋭く落ちた。

「ッ!」

 バットは虚しく空を切り、球はホームベースの上でワンバウンドすると捕手のミットを逸れて後ろへと転がっていった。

 打者、捕手、そしてヒロの背後に位置取っていた優しい目の男性だけが、ヒロが投げた変化球に衝撃を覚えたのである。

「消えた……」

 打者が先ほどの変化を、そう言い表した。

 呆然する中、上空からゴロゴロと重い雷鳴が鳴り響くと、すぐさま激しい雨が降りだした。まるで滝のような雨だ。

「これはイカン。みんな、屋根のある所に避難しろ!」

 優しい目の男性が大声で叫んでいる間にも、部員たちは自分のグラブなどの野球道具を手に持ち、監督が率先して走り出していた。

「モトスギくん、テストはひとまず中断だ。ほら、俺たちも速く屋根の所に行くぞ」

「あ、はい」

 男性も駆け出して行き、ヒロはその背中を追いかけて部室がある場所へと向かった。

   ●○●

 豪雨とは、こういうことを言うのかと思わせるほど、強く激しく水の雫が無数に降り注ぐ。あちらこちらに水たまりが出来ては雨音がはっきりと聞こえてくる。短時間では止まない雨模様だ。例え雨が止んだとしても、グラウンドは水浸しで暫くは使用不可であろう。

 だがヒロは、そんな雨よりも気に掛かることがある。その方向を、黙したまま見つめていた。ヒロの視線の先には、先ほどのテストに立ち会った三人……打者、捕手、そして優しい目の男性が監督に呼ばれ、部室から少し離れた場所で話し合っていた。

「で、どうだった?」

 テストの間、ずっと黙って見ていただけの監督が訊いてきた。

「そうですね。一言で言えば面白いですね。あのフォーム、それにあの変化球も初めて見るものでしたよ」

 捕手を勤めた男子が感想を述べると、打者の男子が口添えをした。

「あの変化球は凄かったですよね。初めは抜け球で絶好球に見えたんですが、いきなりパッと目の前から消えたんですよ」

「消えた?」

 監督は訝しげな表情を浮かべつつ、「おい。後ろから見て、どうだった?」と、優しい目の男性に訊ねた。

「モトスギくんが投げた“あの変化球”は、地面に向かって落ちるように曲がっていました」

「落ちるように? 縦スライダーか?」

「いえ。握りを見ていたら、これも変わった握りをしていましたよ」

「変わった握り? どうなんだ?」

「人差し指と中指でボールを挟んでいました」

「指で挟む? パームボールみたいな投げ方だが……違うみたいだな。あれは親指と小指で挟むし、変化の仕方も……」

「ええ。あの変化は、今まで見たことが無い変化でしたよ」

「んー、そうか……」

 一通り意見を聞くと、監督は頭を下げて暫し考え――さっと顔を上げた。

「エースから見て、どうだ?」

 優しい目の男性が答える。

「スピードもコントロールも目を見張るものではありませんが、あの変化球には可能性を感じました。多分、あの変化球は一流のバッターでも手こずると思いますよ」

「……そうか、わかった。しかし、本当は捕手が欲しかったんだけどな……」

 そう独り言を呟き、再び頭を下げたのだった。

   ●○●

 監督たちが話し合っている姿を、遠目でヒロは不安そうな表情で伺っていた。

 周りには雨宿りしている他の部員がいたが、誰もヒロに声をかけず、余所者さんの扱いで見て見ないをフリをされていた。だから自然と距離を取り、隅っこで小さくなっていたのである。

 そんなヒロを気にしてか、マネージャーの沙希が話しかけてくれた。

「モトスギくん。なに、元気無い顔をしているのよ」

「あ……だって、テストが……」

 まさに水入りでテストが途中で終わったことに悪い結果しか浮かばない。たった三球しか投げていない。ましてや、その内の一球は変化したものの捕手が取れなかった。これで合否の判定がされたら、不合格の可能性の方が高い……と、戦々恐々としていた。

「すごい球投げていたじゃない、大丈夫だよ!」

「……そう言って貰えて嬉しいよ」

 初めての投球に、よくよく考えたら自画自賛したい程だった。ちゃんと球は真っ直ぐ投げられ、変化球もかつて見た通りのような変化の仕方をしていた。とても初めて投げたと思えないほどに。好きな人に似ている沙希に褒められたからなのか、先ほどの不安が薄れプラス思考になった。そして、これまでの緊張や疲労が若干和らいだ。

「ねぇ、モトスギくん。あの投げ方って、どこで覚えたものなの?」

「え? えーと……昔に、ちょっとね……」

「誰かに教わったりしたの?」

「教わった……といえば、教わったのかな……」

 幼少の頃に見たネットの動画と父親の姿を頭の中に浮かべていると、

「え、それは誰に?」

 沙希が興味津々とヒロに接近してきたのである。沙希の吐く息が顔にかかってきそうなほどの距離。誰かに背中を押されようとしたら、間違いなく青春の一ページに残る思い出が生まれる。と、淡い期待で胸を膨らませてしまうが、残念ながらそんなことはならない。

 ヒロは少し熱を帯びた頬を沙希から逸らし、

「そ、その……。子供の時に、ネットで見たんだ。こういう投げ方をする人の……」

 何気ない発言に、沙希が「ねっと?」と不思議そうな顔した。それを見て、ヒロも不思議に思った。『ネット』なんてものは、今の時代……コンピューター社会でなら誰だって知っている用語なのに。
 続けて話そうとしたが、

「うっ!」

 周りから殺気が込められた視線をヒロは感じた。それは野球部員の大半がこちらを見ていたのである。

 やはりマネージャーは、どこも部のアイドルのようなものだ。それを見ず知らずの野郎と仲良く話しているだけでも、敵意を向けられるは当然である。なので、沙希から一歩離れた。それだけじゃまだ充分では無かったみたいだったので、もう一歩離れた。

「あ、戻ってくる」