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正しいフォークボールの投げ方

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 正しいのだが間違っている。矛盾とはこういうことを言うのかと、気を紛らわすように自問自答してしまう。

「そうだ! 野球の神様、眞花ちゃんは?」

 まさか自分と同じように、異世界に行ってしまったのではと心配の声をあげた。主語が無かったものの、野球の神様は汲み取る。

『それは大丈夫よ。ちゃんと魂が身体に戻るのを確認したから、眞花ちゃんが異世界に飛んでしまってはいないわよ』

「そうですか……」

 眞花のは的確にこなせたのに、何故自分のは失敗したのだと、ヒロは身体の全ての首をひねってしまいたかった。それは野球の神様も同意見であった。神様ですら、こんなオチになってしまうとは想像もしていなかったのだ。

『まあ、結果オーライじゃない?』

 確かにそうではあるが、納得は行かなかった。病院で宣言した思いは嘘偽り無いものであった。だからヒロは野球の神様に言い放つ。

「……折角、戻してくれたのは山々なんですけど、あの異世界に戻して貰えないですか?」

 ヒロの気持ちを充分に理解している野球の神様は、別に驚くこと無く受け止める。

『ヒロくんの気持ちは凄く解るけど、神通力の方がね……』

 かつてやり取りした会話の内容。だが、あの時とは意味は真反対である。

「……だったら、自分が野球をして活躍すれば、神通力は回復するんですよね?」

 野球の神様は頷く。ならば、ヒロが言う言葉は決まっている。

「野球の神様、自分はこの世界でも野球をします。そして神通力が溜まったら、自分をあの眞花ちゃんが居る世界に戻してくれませんか?」

 困ったような、嬉しいような。微妙な表情を浮かべる野球の神様。現実世界での野球のレベルは遥か高みにある。

 その分、活躍出来るハードルも高い。だけど、ヒロの瞳には迷いは無く、揺るがない意思を宿していた。

『解ったわ。野球の神様として、野球に貢献したプレイヤーの願いは叶えるものだからね。いつまでも待っててあげるわ、ヒロくん』

 険しく困難なヒロの願いを聞き入れたのである。

「本当ですか!?」

『ええ。神様は嘘をつかない。だからヒロくんも、嘘をつかないでね』

「はい!」

 ヒロの返事を聞くと、野球の神様は微笑みながら姿を消したのだった。すると、再び時間が動き始める。部員たちの身体が動き出し、ヒロの身を案じる声が響く。

 ヒロは、ふと自分の右手に視線を向けた。

 人差し指と中指の間の皮膚が固くなっている。

 それは何千球……いや、万を数えるかも知れないほどフォークボールを投げてきた勲章でもあり、あの異世界での出来事が夢では無かった証明でもあった。感慨にふけていると、

「あ、あの。大丈夫ですか?」

 汗臭い男たち声の中から、花のような可憐とした声で呼びかけられた。

 そこにはタチバナ沙希……いや、橘沙希が憂いの表情でこちらを覗っていた。やっぱり、あちらの沙希によく似ている。二人の沙希の姿が重なって見えると、瞬時に異世界での記憶が鮮明に過ぎった。

 ヒロはハッキリと頭の中に浮かんでいる、これから自分が為すべきことを実行すべく、勢い良く上半身を起こして、思わず沙希の両手を掴み取った。照れや惚ける余地は無い。そして、あの異世界で言い放った時よりも強く、大きく、確かな声で、

「野球部に入部させてください!」

 宣言したのである。そんな突然の発言に、沙希のみならず取り囲んでいた一同も目が点となり唖然とした。

 どこからともなく「ああ、頭を打ったから……」と、より心配する声が漏れ聞こえたが、ヒロは気にすることは無かった。

 ヒロの胸中は『この世界でも野球で大活躍する。

 そして、野球の神様に願いを叶えて貰い、またあの異世界へ行く』という思いと決意に溢れていた。

― 了 ―