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正しいフォークボールの投げ方

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「自分の名前は、本杉陽朗(ヒロ)って言います」

「モトスギ、ヒロさんですね、解りました。それでモトスギさん、体調の方は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと、まだ頭に少し痛みがあるけど……」

「そうですか。それじゃ、まだおとなしく寝ていた方が良いですね。あ、ここに来る途中、イナオさんから事情は聞きました。今、保健室の先生が出掛けていていないみたいですけど、体調が落ち着くまでゆっくりしてください。何か飲み物でも持ってきましょうか?」

「あ、はい。お願いします」

「それじゃ待っててくださいね。持ってきますから」

 そう言うと沙希は保健室を出ていく。

 別人だとは言え、自分が思い寄せている女子に似ている子から名前を呼ばれ、少しお喋りしたことで、ヒロは少々惚けてしまっていた。そんなヒロの夢を覚ますために、

『えーと、ヒロくん』

 先ほど名前を名乗ったことで、ヒロの名前を知った野球の神様が“くん”付けで呼びかけてきた。

「うわっ! ああ、野球の神様……。そういえば、いたんですね……」

『いたわよ。そんなことより、元の世界に戻るために野球をしないと!』

「あっ……」

 自分が成すべきこと……本題を思い出す。

「でも、野球って……」

『仕方ないでしょう。私が野球の神様なんだから。野球で奉ってくれないと、還付することが出来ないんだけど。まぁ、私が恋愛の神様だったら、ヒロくんが恋愛成就するだけで良かったんだけどね……』

 と言いつつ、ニヤニヤとした表情でヒロに生暖かい視線を向ける。一瞬で赤面になるヒロ。さっきの沙希への態度で、野球の神様に自分の想いがバレたことに焦ってしまう。

「なぁっ! えぁ、あ、その!」

『とりあえず、こんな所で寝てないで、さっさく野球をしに行きましょう』

「野球をするって……何処で?」

『一応、ここは高校みたいだし。野球部はあるでしょう。そこに入部しましょう』

「ええっ!」

『ほらほら。元の世界に戻りたくないの?』

「そうだけど……。あっ、ちょっと……」

 野球の神様はヒロの手を取ってベッドから引っ張り出そうとしていると、保健室の扉が再び開き、コップを手にして沙希が戻ってきた。

「あ、もう起き上がっても大丈夫なんですか?」

「えっと…その……」

 今から未知なる冒険のようなものに出掛けようとしているヒロは、返す言葉が見つからなかった。すると野球の神様が肩を叩く。

『お、ナイスタイミング。丁度いいわ、この子に野球部が在るか訊きなさい』

「でも……」

『君は、野球をするために野球部に入るしか無いんだから、覚悟を決める前に行動しなさい!』

 沙希は、突然黙り込んだヒロに疑問に思い、声をかけようとしたが、その前にヒロが話しかける。

「あ、あの!」

 ヒロの額には汗が浮かび、少々強張った表情になっていた。沙希は思わず臆して、一歩後退りしてしまう。

 ヒロに選択する権利も迷う権利も無かった。この見ず知らずの世界から、元の世界に戻るためには、野球の神様が提示したことを成し遂げるしか無いのだ。

 いや、他にも方法があるのでは?

 と、蜘蛛の糸をたぐり寄せるように淡い希望を膨らませてみたが、先ほどみたく心を読まれたのか、野球の神様が『ないない』と素っ気なく手を横に振った。

 目に見えない重圧が自分の肩に乗っかった感じがした。どうやら、この運命から逃れられない。観念したヒロは渋々と、弱く、小さく、儚げな声で口にした。

「野球部に入部したいんですけど、野球部は何処にありますか?」