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正しいフォークボールの投げ方

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第六球 本物のフォークボールは揺れたと思ったら消えるように落ちる -7-




 応援の声が響く中、ヒロはマウンドに登る。

 開始前の投球練習をすると、投げ抜いた時に強烈痛みが奔るようになってしまっていた。

 だがヒロは堪えた、我慢をした。交代して貰いたいとは露ほども思わなかった。それはヒロのワガママだった。

 最後までマウンドに立って投げて、勝ちたかったのである。

 自身の右肘に故障が発生したのは自明の理だった。だけど、怪我の所為で打たれてチームに迷惑をかけたくないからこそ、絶対に抑えなければいけないと発奮する理由ともなっていた。

 何故にここまで強情になっているのかと、ヒロは思わず内心で自問自答してしまう。

 それはフォークボールを投げられているからだ。

 この世界で唯一自分だけが投げられる変化球をもっと投げたい、もっと誰から観てもらいたいと思っていた。まるで子供が玩具を自慢するかのように。

 先頭のニシムラはフォークボールを打ち損じて一塁ゴロ。
 続く、ヨコタを遊撃飛球に仕留めたのである。

 そして、四番オチアイが五度目の打席に立つと、観客席から「あと一人! あと一人!」の大合唱が巻き起こる。

(心地良い響きだね。益々打ちたくなっちゃうよ)

 オチアイは、その声を自分に向けられた応援に変換させた。

(なんだかんだで抑えられたな……。しかし、どっちにしろ同点にして、この投手を降ろさないとウチが勝つことは出来ない。

 大府内の残っているピッチャーなら他の連中でも打てるだろう。なおさら、オレがホームランを打たないとな……)

 バットを掲げ、構えを取るオチアイ。

 ヒロは大きく振りかぶり、トルネード投法でフォークボールを投じる。

「ッ!」

 球はホームベース手前で急激に落下するも、オチアイのバットがダウンスイングで勢い良く引っ張り打った。

 球は左翼側のスタンドに向かって、高く舞い上がる。

 観客席から大きな悲鳴が絶叫され、織恩高校のベンチから選手たちが飛び出して球の行方を追う。

 打球は、フェンスを越えてスタンドに入った。が、ポールより外側に横切ってしまいファールとなったのである。

 その結果に観客席と大府内高校のベンチから大きな嘆息が吐き漏れ、織恩高校の選手たちはガックリと肩を落とした。

 一方のオチアイはファールになってしまったことより、ヒロの投球フォームが気に掛かっていた。

 前の打席と今の打席での、ヒロの投球フォームが変わっていた。
 詳しく言えば、球を投げる瞬間の腕の振りが、これまでは腕を曲げていたのに、先ほどでは腕を伸ばしていたのであった。

 その僅かの変化で打つタイミングが、僅かにズレたのだった。

(打たれると思って、瞬時に変えたのか?)

 ヒロは肘を曲げるとより痛みを感じいるようになっていた。そこで極力痛みを感じないように、自ずと肘を伸ばして投げるようになっていたのである。

 そんなオチアイが気付いた変化にイナオも気付いていた。

「すみません、タイム」

 タイムを取ると、イナオはヒロの元へ駆け寄った。

「どうしたんですか?」

「それは俺の台詞だ、モトスギ。さっきフォームが微妙におかしかったが、やっぱり何処かおかしいんじゃないのか?」

 イナオはミットで口を隠してはいるが、心配そうにしている表情がはっきりと解った。

 ここで無理強いして隠した所でイナオなら察する……いや、もう気づかれている。

「大丈夫です。ちょっと右肘に痛みがあるだけです」

「痛みって!? いつから?」

「……この回からです。でも、我慢できる痛みですし、あと一人じゃないですか。大丈夫です。投げさせてください!」

「………」

 眉をひそめるイナオ。ヒロの気持ちが解らない訳ではない、自分も投手である。ちょっとやそっとの痛みで降板なんかしたくは無かった。

 しかし、勝てばプレーオフ進出が決まる重要な一戦ではある。怪我が原因で本来の投球が出来ず打たれてしまっては本末転倒だ。

 他の投手に代えるのが良策だが、なんだかんだでここまで投げてきて一失点で済んでいる。オチアイに打たれたとは言え、フォークボールの変化はまだ健在であり、他の投手でオチアイが抑えられるかは確実性は欠けていた。

 そして一番の問題は、イナオ自身が情に脆い一面が有ることだった。

「解った、モトスギ。ここはお前を信頼する。だけど、もしオチを出塁させたら、そこで交代だ」

 ヒロの熱意に押され、許諾してしまった。

(やれやれ、やっぱりオレは非情になれんな)

 だけど、ただ投げさせるだけではなく、オチアイを打ち取る為に当然、極力手助けはする。

「それとモトスギ。疲れた時ほど、身体に任せて投げるんだ。最高の投球をする時はいつだって、疲労がピークに迎えている時だからな。そして、モトスギ。投げる時は……」

 イナオは二言ほど口添えしてから、守備位置に戻った。

 オチアイが悠然に構えを取る。相変わらず、どんな球でもフォークボールでも打ちそうな気配を漂わせている。

 イナオはサインを出すが、ヒロは首を横に振った。何度もサインを出すが、その度にヒロは横に振って、中々投げる球種が決まらなかった。

 たまらずオチアイがタイムを取り、打席から足を外した。

(なんだ? フォークボール意外にも投げる球があるのか?)

 ちらっと捕手のイナオに視線を向ける。

 実は、これはイナオの作戦だった。オチアイを揺さぶるために、意図的に首を振らせていたのである。

(これで余計なことを考えてくれて、集中力を少しでも乱してくれれば……)

 しかし、オチアイは殊更落ち着くようにした。

(余計なことは考えるな。打つ球はフォークボールのみ。他の球ならカットすれば良いだけのことだ)

 サインが決まったかのようにヒロは頷く。

 第二投目。またしてもヒロの投球フォームが僅かに変わっていた。

 痛みで肘を曲げることは出来ず伸ばしたままで、若干スリークォータースローのような投げ方になっていた。

 投じた球はフォークボールでは無く、外角への直球。それをオチアイは打ちに出て、流し打つと打球は右翼ファウルライン際に飛んでいくも、線をスライドしてファウルとなった。

 結果的にツーストライクと追い込んだが、ヒロたちは有利に感じられなかった。

 安打を打とうと思えば、いつでも打てるような打撃技術に臆してしまう。

(オレが塁に出るだけじゃダメだ。ここで狙うのはホームランのみ。そうしないとウチが勝つ可能性が無い)

 後続のアリトウは一安打を放っているものの、ヒロのフォークボールは打てないと確信持っていた。それほどまでにフォークボールは脅威な変化球であった。

 オチアイは自身が四球で歩かされないように、ボール球をカットし、フォークボールを狙い打つことに神経を注いでいた。

――あと一球

 イナオは心の中で呟く。オチアイがフォークボールを狙っているのは察している。だから、先ほどは直球を投じさせたのだ。

(しかし、簡単に打ち返して……)

 ヒロの直球はフォークボールを織り交ぜてこそ効果がある。だが、今回の場合はフォークボールを狙っている。