正しいフォークボールの投げ方
第六球 本物のフォークボールは揺れたと思ったら消えるように落ちる -3-
その後、イナオは三者凡退に抑えていくが、大府内高校打線の方もムラタの前に四球で走者を出すものの、自慢の豪速球でねじ伏せられていき、こちらも無失点で抑えられてしまう。
そして三回表、オチアイが二度目の打席に立ち、待ち望んだイナオとの対戦の火蓋を切って落とされた。
前の打者は三振に仕留め、一死走者無し。
ここはオチアイ(打者)に集中出来る場面である。
一球、二球と内角低めの際どいコースへスライダーが決まり、簡単にツーストライクと追い込んだ。
三球目も寸分違わず同じコースへと投じられるが、球種は微妙に変化するシュートで、ボールコースへと外れた。
オチアイはバットを出しそうになったが、ハーフスイングを取られない場所でなんとか止めたのである。
「ふー」
打席から出て、一息を吐くオチアイ。
(流石はイナオさん。厳しいコースばっかり投げてくる……。
タカハシも良いコントロールの持ち主だったけど、変化球をここまで自在にコントロール出来るのは世界は広しとはいえ、イナオさんぐらいだよな)
心の中でイナオを称賛しつつ、これまでの配球で、ある意図を感じ取っていた。
(しかし、球速やキレはイマイチな分を踏まえて、勝負に来ないな……)
配球にも打ち取る配球、三振を奪る配球とか様々なものがあるが、イナオが採った攻め方はオチアイに対しての配球は本塁打を打たせない配球である。
つまり、
(一、二球目は運が悪いのか良いのかストライクを取ってもらったが、オチにはストライクは必要無い。これも勝負の方法だ)
イナオは攻め方を再度確認し、ワダのミットを目掛けて球を投じる。
四球目は外角低目だったが、ボールとすぐ解るほど外れており、オチアイは悠然と見送った。ツーツーの並行カウント。
(よし……)
オチアイは決断し、神主打法の構えを取る。
五球目も外角低目のボールゾーンへ。
だがオチアイのバットが自然に出るとセンター前に弾き返して、安打とした。
オチアイは一塁上でイナオに視線を向けた。
(今日のイナオさんなら、他のバッターでも打てるだろう)
楽観的な予見しつつ、無理の無いリードを取る。
安打を打たれたものの、イナオは冷静であった。オチアイには本塁打さえ打たれなければ良いと、最初から踏まえていたからである。だからこそ、後続はきっちり抑えなければならない。
打席にて構える、五番打者アリトウ。
オチアイが四番に入る前は彼が勤めていたのである。
それを後輩であり、ましてやろくに練習に参加をしないし、一度退部した後輩のオチアイに四番を奪われたことに、プライドを傷つけられていた。
「結果を残して、オチアイから四番を奪い返す!」
そんなアリトウの心の声がイナオに聴こえているかのように、アリトウがいつも以上に力んでいるのを感じ取る。
イナオの初球は、ど真ん中に投じた。
甘いコースにアリトウは思わず反応し打ちに出たが、打つ直前で球はシュート変化したのである。
――カッキィィッッン!
強い打球だったが遊撃手真正面の当たり。ノムラがしっかりと捕球して、6―4―3(遊撃手→二塁手→一塁手)の二重殺(ダブルプレー)を成功させたのある。
良い当たりだったにも関わらず、不運な結果に悔しがるアリトウ。だがオチアイは、冷静にイナオの狙い通りだと察していた。
(アリトウさん、オレみたいに軽く振って内野の頭を越すだけで良いのに力んで……。まあ、だからこそイナオさんはあのコースに投げたと思うが……。相変わらず、すごい洞察力だ)
手際良く二重殺を取って攻撃を終わらせたことで、大府内高校の雰囲気は若干明るくなっていた。
三回裏――アナンの打席。
ムラタの直球になんとかバットを出して当てると、フラフラと舞い上がった打球は右翼手と二塁手の間に落ちるポテンヒットとなった。
先ほどのアリトウみたいに良い当たりでもアウトになり、アナンの当たり損ないな打球でも安打になったりする。得てしてこれが野球である。
そして九番打者のイナオが打席に立つ。投手である為、それほど打撃練習していないものの、イナオは打撃にはそれなりに自信があった。
だが、相手は豪速球を投げるムラタ。簡単に打てる球ではなかった。
なので大府内高校のミハラ監督は、イナオに犠打(バント)のサインを出していたが、
「ストライク、バッターアウト!」
横に構えたバットの上を、ムラタの凄まじい速さの直球が素通りしてミットに収まり、犠打失敗。
打線はトップバッター(一番打者)に戻り、ウチカワが打席に立つ。
まだ一死。再び犠打で送っても良い場面ではあるが、ミハラは指示を出さなかった。ウチカワ自身に任せるという方針である。その理由は、ウチカワの才能を信じていた。
(ウチカワのバッティング……中でもミート力は、チーム一を秘めている。いや、もしかしたら大正義高校のカワカミに匹敵しているかも知れない。オマエの本当の力を証明して見せろ!)
そうこうしている内にウチカワは、またしてもフルカウトまで粘っていた。
ウチカワは打席から出て、深呼吸をして一旦肩の力を抜く。
(よし、フルカウントまで持ち込めた。あとは……)
狙い打つ球を決めて再び打席に立つと、ムラタはセットポジションで投じた。
相変わらず速い球ではあるが、ワインドアップで投げるよりは若干勢いは無く、尚且つ四球を出すのを恐れているからか、さほど厳しくないコース……内角よりの真ん中に投げ込まれた。
(きたっ!)
ウチカワのバットが球を捉えて流し打つと、一、二塁間を破った。
フルカウントだった為に走者のアナンは、ムラタが投げた瞬間にスタートを切っており、右翼手ヨコタが捕球する間に二塁を蹴って三塁に向かっていた。
ヨコタは三塁へと全力で返球したが、
「セーフ!」
三塁塁審の声があがる。
間一髪でアナンの足が塁に到達したのである。
一死、一三塁の状況。ツチヤは打席に入る前にミハラのサインを確認していた。
(ツチヤもウチカワに負けていない才能を持っているが……。ここは確実に一点を返しとおかないとな)
ミハラの心の声で呟きながらサインを出すと、ツチヤの表情が僅かに強張った。
前の打席で三振に倒れているツチヤ。
ムラタの直球をたった二打席で捉える自信は無かった。それ故に安打を打ったウチカワに同級生ながら敬服してしまうが、それは今は置いておく。
しかし、大府内高校にとっては絶好の機会。二点差で負けている場面、これは何としてでもモノにしなければならない。例え打てなくとも。ならば、取る戦法は一つ。
『スクイズ』
織恩高校の捕手ハカマダは、当然スクイズプレイを予想して警戒する。問題は、いつスクイズが決行されるかである。
一方マウンドのムラタは、一年生のウチカワに打たれたことに立腹し、絶対に打たせない気迫に満ちていた。
ムラタを少し落ち着かせるためと、大府内高校の動向を探るためにハカマダは、一球目を高めに外すウエストボールのサインを出し、ムラタはハカマダの要求通りに投じた。
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子