正しいフォークボールの投げ方
ヒロが何十球要してもアウトが一つも取れなかったのに、イナオはわずか三球で三つ取ってしまい、尚且つ無死満塁での状況なのに無失点で抑えてしまった。
悠々とベンチに戻るイナオたち。その途中で選手一同から「流石、イナオ先輩!」「ナイ、ピッチ!」と称賛の声がかけられ、観客席からも同様の声があがっていた。
ヒロは称えられるイナオを黙したまま見つめていた。何かを言わないと思い、どうにか絞り出した言葉が、
「……すみませんでした」
自分の厭わしい投球に対して、チームに迷惑をかけてしまったことへの謝罪だった。しかしイナオは気に掛けることはなく、いつもと同じように優しい表情を浮かべて、
「初登板だったから緊張したんだろう。といっても、限度はあるがな。まぁ、ゆっくり反省して、自分の投球の何が悪かったのか振り返っておけ。試合の方は、あとは任せておけ」
要点だけ言ってベンチに座り、タオルで汗を拭った。ヒロはベンチの隅に移動すると座ることはなく、ずっと立ち続けて試合を観戦した。
イナオに言われた通りに何が悪かったのかを振り返っていたが、自分に非を感じつつも、そもそも野球の素人が試合に出ること事態がおかしいのだと、他の所為にもしたくなった。
だけど野球で活躍しなければ元の世界に戻れない。それ事態がおかしいのだ。納得いかないことばかりに、ヒロの心の中で鬱積が溜まり、いつしか自分がここにいる意味を見出だせなくなっていた。
試合の方は、残りの二回をイナオが続投して無難に無失点で抑え、十一対九。二点差のまま勝利したのである。
メンバーたちが喜ぶ中、ヒロだけは喜べないでいた。深く落ち込みメンバーたちの輪の中に入れなかった。正直に言えば、入りたくなかったのだ。自分が別世界の住人だからでは無い。野球が嫌になっていたからだ。
そのヒロの様子に、遠くで見ていた野球の神様。そして近くで見ていた沙希は心配そうに見つめていた。
こうしてヒロの初登板は、散々たる結果を残して終わったのであった。
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子