正しいフォークボールの投げ方
ヒロがここに来て二週間で、六試合行われた。その六試合での戦績は四勝二敗と、ひとまず勝ち越してはいる。大府内高校は、それなりに強いチームの部類に入っていた。
その数試合、ヒロは当然ながらずっとベンチに座って観戦していた。その時、野球のルールを知らないでいたヒロの隣で野球の神様のマンツーマン指導により、ルールを把握することが出来たのであった。
ヒロは辺りに視線を向ける。学生野球とは言えかなりの数の観客が入っており、大府内高校の生徒たちは勿論、子供連れの家族も多数見られた。
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さて試合の方は、先発のタカハシが初回から難なく相手チームを凡退に仕留めていき、ソロホームランの一発許すものの、その最少失点で抑えていた。そして大府内高校の打線は、序盤から太陽高校の投手に襲いかかり、先発全員安打の大量得点を得て、六回裏終了時点で十一対一としていた。
大量得点と自身の調子の良さも相まって、先発投手のタカハシは上機嫌だった。
「どうですか、ワダ先輩?」
「ああ、コントロールもサイちゃん並に良いし、失投はイワモトの一発ぐらいだったな。まぁ、この調子なら今日の試合は荒れないだろう」
ワダはタカハシの投球を褒め称える。
「ですよね。よーし今日は、完投を狙っていくかな」
タカハシたちの会話を横で耳にしていた監督のミハラは腕を組み、静かにスコアボードを見ながら心の中で呟く。
(確かにこのままいけば、タカハシは完投するだろう。だが、長いリーグ戦を考えれば、休ませる時に休ませたいのもある……)
点差も有る。試合前にイナオたちからの申し出が頭に過り、決断する。
「タカハシ!」
「は、はい、なんですか!?」
突然のミハラからの呼びかけに、意気揚々だったタカハシは声を振るわせて返事をした。
「お疲れさん、この回までだ」
「そ、そんな。まだ行けますよ!」
「それはわかっている。だが、こういう展開だからこそ、早めに降りて次の登板に備えろ。いいな」
「……はい、わかりました」
野球などスポーツにおいて、監督の命令は絶対である。タカハシは冷静に受け止め、退いた。ただ完封を狙えるのだったら、もう少し抵抗はしていただろう。
「よし」
監督はタカハシの肩を叩き、ヒロに視線を合わせた。
「モトスギ、次の回から投げろ」
その一言にイナオとワダ以外の部員たちが、
「「「えッ」」」
と、一斉に驚きの声をあげた。
しかし、先ほど述べた通り一番偉い監督に対して、誰も文句や意見を言えなかった。
当のヒロは突然の命令に呆然するしかなかった。
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子