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正しいフォークボールの投げ方

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「ん、カミサマ?」

 テストに合格した後、野球の神様からフォークボールについて一通り解説をしてくれていた。だけど他の人には、野球の神様の存在はもちろん内緒。というより、頭がおかしい人と思われたくないからだ。

「あ、違くて。聞いた話だと、球が回転していないから空気抵抗をモロに受けて落ちるんだって」

「ふ〜ん、空気抵抗か……。よく解らないけど、それであんな風にストンって落ちるなんて、初めて見たよ。あれは魔球だったね」

 フォークボールは魔球――なぜイマミヤがそう評したのか。

 それは、この世界には“フォークボール”という変化球が存在しなかったのだ。だから、ヒロが投げたフォークボールの変化を体験した人たちが一同に驚いたのは、生まれた初めてのフォークボールの変化を見たからだった。

『ヒロくん。この世界の野球は面白いよ。ルールとか変化球とかは元の世界とまったく同じなんだけど、フォークボールという変化球が存在しないのよ。もう、ファッ!? って感じよね。つまり、先日ヒロくんが投げたフォークが、この世界で初めてフォークボールを投げたってことになるのよ!』

 と、野球の神様が調べてくれて明かされた事実だったが、野球素人のヒロがその意味を今ひとつ理解していなかった。

「だけど、それを思うように投げられないじゃ、意味は無いよな」

 少しトゲのある台詞を吐いたのは、さっきの練習で球をぶつけた相手だった。

「コントロールも悪いし、バッティングピッチャー失格だぜ。あんなヘンテコフォームで投げないで普通にフォームで投げろよ」

 この口が悪いのは、ウチカワ聖一。少し顎が人より長いのが特徴である。彼はヒロと同じ一年生だが、バッティングセンスは高く一年生ながらも試合に出るほどの有望選手。他にもヒロたちと同じ一年生が近くにいるのだが、彼はヒロたちの話しに加わらず、美味しそうにおにぎりを食べているのに夢中だった。

 普通のフォームでと言われても……あのトルネード投法がヒロにとって普通のフォーム。それに先輩からは、あの投法のままでと言われているのだから、どうしようもない。

「ウッチー、あんまり責めるなよ。それにイナオ先輩から言われたでしょう。とりあえず、モトスギくんのフォームはあのままで、バッティングピッチャーをやれって」

 イマミヤがウチカワをアダ名で呼び、なだめる。

「そうだけどよ、俺の練習にならねーよ。もっと俺のレベルに合ったものにしてくれなと……」

「まぁまぁ、そんなぐう畜発言しない」

 二人のやり取りに、ヒロはより落ち込んで食欲も無くなってしまう。
 自分が周りの足を引っ張っているのと責任を感じ、心が打ちのめされていた。打撃投手なら球を打って貰わないといけないのに。

 野球で活躍して元の世界に戻れるのは、いつになるのかとヒロは大きなため息を吐いた。
 すると、

「よう、一年坊主ども元気にやっているか」

 陽気な声で呼びかけられた。ヒロたちが振り返ると痩身の男性が愛嬌がある表情を浮かべて近付いてきていた。

「あ、ワダ先輩。お疲れ様です!」

「イマミー、オレのことはハンクって呼べって言っただろう」

「はぁ……」

 この自分のことをハンクと呼ぶ痩身の男性の名は、ワダ博実。三年生の先輩で、ヒロの入部テストで捕手を務めていた人である。

「ウッチーは、相変わらず顎が長いな」

「ワ……ハンク先輩、それを言わないでくださいよ」

 ワダは部員たちにニックネームを付けることが好きで、大半の部員にニックネームが勝手に付けられている。

 イマミヤのイマミーやウチカワのウッチーも、ワダが名付けたものである。アダ名は根付いているのもあるが、大半は根付いてはいなかったりする。

「しかし、ヒョロ。見てたぞ。相変わらずコントロールが定まらないで、球もヒョロヒョロだな」

 ヒョロがヒロのアダ名である。命名理由は先ほどワダの言葉の通り。今の所、ヒョロと呼ぶのはワダぐらいだった。それはまだ、ヒロが野球部に馴染んでいない証でもある。

「すみません……」

「しっかり走りこんでいるか? ピッチャーは人十倍以上走りこんで、足腰を鍛えなあかんのだぞ。特にヒョロの“あのフォーム”は足腰がしっかりしていないと上手く投げられないからな。そんなヒョロとした身体を、少しでもビシッとして鍛えなあかんぞ」

 そんなワダもヒロと同じような体型しているのになと思いつつも、ここは先輩の言葉に頷くしかなかった。

「俺もヒョロの合格に口添えをしたんだから、期待に応えてくれよな。それじゃ、そろそろ試合の用意をしとけよ」

 そう言って、ワダは立ち去っていった。

「ワダ先輩もあんなことを言ってるんだから。新入り、しっかり走っておけよ」

 未だヒロを名前などで呼ばないウチカワに、ヒロは力無く頷いた。

 野球を初めてばかりの初心者。上手く投球が出来ないことに、一体何が悪くて良いのか分からない状態だった。こんな風になってしまったことに神様を恨みたくもある。

 その肝心の神様は、いつのまにか姿を見せないでいた。呼びかけても返答が無い。何処に油を売りに行ったのかと少し気になりつつ、ヒロはおにぎりを頬張った。食欲が無くとも、何か食べていないと体力が保たないからだ。

 一方、既に食事を終えていたイマミヤとウチカワはヒロを持ちつつ、

「なぁ、イマミー。そういえば今日の試合相手はどこだったかな?」

「確か、太陽高校だよ」

「太陽高校と言えば弱小校じゃん。ということは、オレの出番があるかな?」

「どうかな? やっぱり相手投手次第じゃない? 左だったらウッチーで。右だったらテッペーじゃないかな」

「だったら左投手であることを祈るしかないな。またヒットを打てば、今度こそレギュラー確定だな!」

 ウチカワがニヤっと笑い、イマミヤは愛想笑いで返した。そうこうしているとヒロの食事が終えて、四人は試合の準備に取り掛かった。