正しいフォークボールの投げ方
プレイボール 〜フォークボールを知った日〜
幼い頃、ある日の休日。
父親が居間のパソコンでインターネットをしており、ある動画サイトを閲覧していた。
父親が観ていた動画を横目で覗くと、古さを感じさせる画質で映しだされていた動画は野球の試合だった。その試合では、ある日本人の投手が筋肉隆々の逞しい外国人を相手に向かって投げていたのだが、その投手の投げ方があまりにも独特で強く印象に残った。
上半身を大きく捻り、左足を高々と上げる。捻った身体が戻る回転力と反発作用の勢いを乗せて、球が放たれる。まるで竜巻(トルネード)を体現したような投法で投じられた球は、画面越しからでも速さが伝わるほどの豪速球の直球(ストレート)。そして時々、打者の手前で急激に落下する球に、厳つく逞しい外国人たちはバットに当てることは出来ず、空振りをしていった。
彼の投球に、試合を観戦していた人や実況者の声や拍手が次第に大きくなっていく。野球のルールはよく知らなかったが、彼が活躍しているということは充分理解出来た。
だから、思わず訊いてしまったのである。
「ねぇ父さん。この人は?」
「ああ。この投手(ピッチャー)はな、日本の球団をちょっとトラブルで退団して、メジャーリーグに挑戦した野球選手だよ。ご自慢のストレートとフォークボールで、メジャーの並み居る強打者を、こうやってバッタバッタと三振に切って取って大活躍した、日本人メジャーリーガーのパイオニアとも呼ばれている偉大な投手だよ。知ってるか? この投手のテーマソングとかも作られて、社会現象になるほどの人気だったんだぞ」
せっかく説明してくれたのだが、まるで自分の栄光と誇りの如く自慢気に語る父親に少しウザさを感じてしまう。そんな話しを聞き流しつつ映像を観ていて、ふと疑問に思うことを訊ねた。
「なんで、この人のボールが時々ストンって落ちるの?」
「ああ、それはフォークボールという変化球だからだよ」
「フォークボール?」
先ほどの父親のウンチクにも、ちょっと出てきた言葉だ。
改めて、フォークと聞いて思い付くのは食器のフォーク。頭の中で、球にフォークが突き刺さったイメージを浮かべていると、父親が解説してくれた。
「ボールをこうして人差し指と中指で挟んで投げると、あんな風に落ちるんだよ」
そう言いながら、左手を握りしめて球に見立てると、右手の人差し指と中指で左拳を挟んで見せた。そのユニークな握りに「へー」と声を漏らしつつ「変なの」と感想を付け足す。
引き続き試合の動画を見ていると、たまにスローモーションのシーンがあり、その時に彼が球を挟んでいるのが確認できた。
画面を注視している息子の姿に父は訊ねる。
「なんだ、野球に興味があるのか?」
「別に〜」
野球もとより、なぜあの握り方をして投げたら、あんな風に落下することの方に興味があった。
『なぜフォークボールは落ちるのか?』と、自分の頭で解き明かそうとしたが、残念ながら子供の思考力では、揚力や抵抗などの物理学を独力で解することは、残念ながら出来なかった。
その不可解な変化球(フォークボール)を武器に、異国の地で鍛えぬかれた身体を持つ相手に対して大活躍する投手を、父親はこう評した。
「彼こそ、英雄だ」
だが、その英雄が投げては空振りを取っていく、似たようなシーンばかりの動画内容に、次第に飽きてしまった。
「実は、お前の名前は、この……あ、ヒロ!」
自分の名前を呼ばれたものの、本杉陽朗(ヒロ)は友達の家へと遊びに行ってしまったのである。
そんな幼い頃の情景。
この時、目にした英雄の投法とフォークボールが強く印象に残り、記憶の片隅に刻まれた。
そして、時は流れて――
高校生となった本杉陽朗は、今日もバスケットボールを弾ませて、汗を流していたのであった。
作品名:正しいフォークボールの投げ方 作家名:和本明子