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今日、あなたから届いた長い手紙は孤独でした
今日、あなたが僕に示したすべての好意は孤独でした



音楽も断ち
ネットも断ち
ひたすら大気を眺め
大気の中を歩いていく
この木も小屋も春の花々も鳥たちも
すべては大気の装飾物
ひたすら大気の動きと色と広がりに滲みこんでいく
私は装飾物になるには若干重すぎ硬すぎるので
深呼吸をし体の力を抜き
ほんの一瞬だけ装飾物として風景に溶け込む



振り返ってみると
僕の人生はきわめて行政的でした
出生届から始まり
幼稚園への入園申し込み
小学校中学校高校の入学・卒業の手続き
20歳で婚姻届
25歳で離婚届
そして来月には死亡届となるでしょう
どうせ癪だから
人生満喫してます届でも出してみましょうか
行政が喜びますから



僕は近くの山に登りながら
不意に気づいてしまいました
この木も草も土も全てが工場で生産された構造だということに
しかもその工場もまた一つの構造なのです
匂いも潤いもなく
ただ解釈を迫る構造に全てが還元されていき
そう言えば僕はその工場で構造のバイトをした事もあったよなあ、と



伸ばした手、求める手が落ちていく
信濃川の流れを
国道4号線を
池に沈んだ石は頭痛で回転していて
パラシュートは風の汚れを無視する
落ちるのはほんのわずか
朝焼けがいつの間にか白色に変わるように
同輩たちの贈り物は落ちていく
落ちる先にあるものと落ちる先にないものは減算されている



夢の中で僕はあなたに恋をしていました
あなたの面影は逆光で良く見えず
ただ部屋の中の椅子に座りひっそり佇んでいるあなたを
僕は甘やかな気持で眺めていたのです
部屋は開かれて幾つもの光が交差し
夢から覚めると
途端にあなたの性別が分からなくなりました
僕は性のない人に恋をしたのです



冬が好きだった
空気の冷たさは人々の冷ややかさ
葉のない木々は孤独の渇き
底の見えない夜は絶望の深さ
冬はそうあることで冷やかさ孤独絶望全てを許してくれると思った
こんなにも嫌われがちな気取った感慨を許してくれると
冬は何よりも優しかった
だが僕は今そんな冬を温める仕事をしている



ドアを開けると
その先にはまたドアがあって
その鍵を開けるのに一苦労し
そのドアをやっと開けてもその先にはまたドアがあることは
余りにもわかり切っていることだから
開けたドアをいったん閉めて
しばらく元の部屋にとどまってみる
時計の音を聴き
布団に身を投げ
軽く本でも読んでみる



人間ではなかった
人間に近くもなかったし
人間に似てもいなかった
だが人間のように呼吸し
人間のように恋をし
人間のように死んでいった
そいつを何と名づけるかは各人の自由だし
そいつも今となっては気体と液体のはざまにいるだけだが
試みにそいつを
「私」と名づけよう



何かをドロドロに溶かしていく
その何かは僕の体であったか
あなたの幸せであったか
彼の失敗であったか
今となっては判らない
輪郭は余りにも鬱陶しいから
言葉は余りにもやかましいから
形や言葉を逐一ドロドロに変換していき
そのドロドロをおいしく吸いながら
今日も僕は生き長らえるのだ



早朝、薄明が家や木に移ろいを与える頃
ガラスのような空から太陽が歌い出した
建築に重さと堅さを与え
木から秘密と悔恨を奪う
その歌声は水晶のような挨拶
僕はその挨拶に応えるために後ろを向いた
無防備な背中の広がりに歌を泳がせて
大きく息を吸って太陽に小さくごめんなさいと



捨てられ続ける現在を
拾い集めたら過去になっていた
この過去は未来にしたい
この過去は未来にしたくない
いつも現在はとげだらけで触りづらいから
過去になってからおもむろに未来へ差し出す
もう一度やって来い
偶然が夢の卵を割り
現在へ幸福を突き刺すように
もう一度あの密かな幸福を



存在するということは
いつも決まって挨拶だから
時間が渦を巻くところに
僕も決まって挨拶を返す
今日も歴史が生まれましたなあ
いえいえ単なる磁場ですよ
そうして僕は踵を返し
存在しないということは
いつも決まって慈しみだから
少しずつ存在しない身体へと化けていき
低い恍惚のさ中へ



政治はタケノコのようにぐんぐん伸びては掘り起こされ
経済はキノコのようにひっそりと蔓延っては摘み取られ
法律はシダの様に日陰でこそこそ葉を広げては切り落とされ
社会という植物が一掃されたところに個人という鉱物が鏤められました
いくら頑張っても政治・経済・法律が作れない
鉱物だから



一つのアイラブユーから次のアイラブユーへと
簡単に交換できない
同じアイラブユーでも互いに相容れないアイラブユー同士
いつまで経っても水と油が胃の中で消化できず漂っている
忘れるという美しい嘘を何度も繰り返し
新しいという悲しい嘘を何度も繰り返し
アイラブユーは異形のものになる



疲れるということは
何かを思い出すということだ
一日中歩き通してふと体の奥に眠っていた郷愁を思い出す
一日中働き通してふとご飯のおいしさを思い出す
一日中待ち通してふと青春の闇を思い出す
そうして僕は今日も
一日中生き通してふと
未来に投げ出されたまま取り戻せない物たちを思い出す



土から生まれ
土の共同体に生き
土に収斂していった
両親の土壌から生まれ
土を耕し植物を育て
植物を食べたり売ったりして生活した
火もまた土から立ち昇り
水もまた土へと還っていった
土へと収斂しないもの
例えば都市は
僕を沢山の鏡に映した
例えば空は
僕に知らない歌を教えてくれた



僕は宇宙の中心で
宇宙を満たす多彩な感情を逐一丁寧に断っていた
孤独は柔らかく僕は僕の胎内で眠っていた
中心性に飽きて辺境や複数の場所に同時存在したくて
多彩な感情に応答し自ら感情を振りまいた
そうして沢山傷つけ合ったがその傷は美しい模様で
模様を更新するため感情の中を生き続ける



柿の木に若芽が芽吹いて緑の霞のようだ
春の鳥の声に包まれながら
やがて葉は緑の濃さを増し大きさを増し
夏の日差しに陰を作る
そして小さな緑の実が風に揺すられ
やがて葉は落ち橙の実は大きく熟し
カラスたちが舞い
そんな巡りの大きな速度に接して
僕は柿と束になり歩いてきた道を振り返る



宇宙が僕を置き去りにして過ぎ去っていく
幼年時代も少年時代も青春も高速で僕をすり抜けていく
人々も社会も自然も言葉も僕を過ぎ去っていく
そして最後に僕が残ったかと思えば
僕もまた過ぎ去っていって
残ったこの穴のようなもの無のようなもの
疑問符と感嘆符が冷たい風を一身に浴びている



言葉が沢山散らばっている野原で
僕はその言葉達の背後にある哲学を編もうとした
多種多様な関係の枠組みを総動員して僕は一個の一貫した哲学を読み取ったつもりでいた
だがもう一度その野原を眺めるとその哲学もまた同じように散らばっていき
僕はまたその背後にある思想を編みそれはまた散らばり



人生というテクストを波打たせるものとして
今日も音楽は僕の体で屈折を繰り返す
人生というテクストを裁断するものとして
作品名: 作家名:Beamte