ずっと
―― あなたの見る空は、青く滑らかに何処までも広がっているのでしょ。
―― きっと今 そんな空を眺めているのでしょうね。
―― 白い雲が浮かぶことすら いけないことみたいな。
―― 一面に青の絵の具を零したような空。
―― あなたを想う気持ちなら私も同じ。
窓を開け放した美術部の部室で 沙紀は画用紙にデッサンをしていた。
部屋には 沙紀がひとり。ほかの部員は、皆、近隣の小高い丘へとスケッチに出かけた。
沙紀の前方に置かれた石膏のオブジェは、滑らかな白い形でじっとしている。
きっと、触れたらひんやりとしっとりと掌に感じるのだろう。
それを観察しながら 頭の中に浮かんだ言葉だった。
沙紀の思い浮かべる「あなた」とは、沙紀の前にこのオブジェを置いていったこの部の部長。
沙紀は、運動部で傷めた靭帯の手術を受け、暫く松葉杖が必要で、部室内では車椅子を使用していた。
激しい運動が難しくなった沙紀は、以前から好きだった絵と 好きな人が居るこの部に入部したのだ。
ずっとあなたが好きです。
あなたが誰かを好きな時も、ずっとあなたの姿を追いかけた。
そんな気持ちは わたし一人だけのものでいい。
あなたに伝えるなんて考えもしなかった。
それで毎日が楽しく過ごせるなら、黙ってあなたを見つめるだけでよかった。
言ってしまったら、終わりを待つだけの気がして・・・
恋が生まれたら・・・
そう、人が生まれたら 必ず訪れる死のように
あなたへの恋が生まれたら いつかこの恋は最期を迎えてしまう。
だから傍にいるだけ。
気付かれないように ずっと傍にいたい。それだけ・・・
夕暮れが迫ってきた。まだ部員の誰も 部室へと戻っては来ていない。
沙紀は、車椅子で移動して 鞄の握り手に巻いてある腕時計を見に行った。
どうしようかと 溜め息混じりに深呼吸をし、くるりと車を反転させると、窓へと近づき外を眺めた。
部活を終えた生徒の後姿がちらほらと見える。先日までお揃いで持っていたスポーツバッグを抱えた集団もその中にあった。
「みんな お疲れさま。大会頑張ってね」
その中に自分はいない。寂しい気持ちがないわけではなかった。
だけど、医師から宣告された状況は、現実に沙紀の思うようにならない体で納得することしかできなかった。
沙紀は、窓を閉め、鍵に手を伸ばすが、腰を下ろしたままでは、僅かに届かない。
仕方なく立ち上がろうとした時、車輪が動いて転びそうになった。
こんなことすら思うようにならないことが、自分でも滑稽に感じ、ふっと笑みが零れた。
そして、溜め息を付きながら ストッパーをかけた。
脚に負担の掛からないように 窓枠に手を掛け立ち上がろうとした時だった。
「描けたかぁ」
部長の声が ドアの開くのと同時に飛び込んできた。
「あ、おかえりなさい」
両手には、何枚もの画板と画用紙を抱えていた。
「みなさんは?」
「現地解散にしたものの、持って帰ってくるのも結構重いな。まいった。ま、いっか」
「お疲れさまです。あ、戸締り済ませたら、わたしも帰ります」
部長は、抱えていた画板などを空いた机の上に置くと、窓の鍵を閉めに来た。
沙紀は、ありがとうとばかりに 頭を下げた。
「描いたの見せてよ。ちょっと時間いい?」
「どうぞ。どうかな…」
部長は、沙紀の描いた絵とオブジェを見比べながら ふーんと小さく頷いた。
「今とは、影のでき方が違うけど デッサンはきれいだね」
「ありがとうございます」
「ございます、なんてやめてくれよ。同級生なんだから。あ、でもみんなが居る時はいいかな」
沙紀は、視線が自分にない部長の横顔を見ていた。