ネヴァーランド 136
皮膚の色が、白黒黄色その他ハッとする緑色や罪深そうな赤色なんぞの、異民族集団が、歌いながらやってきた。奴隷にされるはずだが、白煙にまみれながら現れた男達は、あまり悲しげには見えない。いや、喜んでいる。自分らがこれからどうなるか分かっていないな。左右を機動隊さながらのブラザーたちに規制され、行列をなしている。踊りながら歌をうたっているやつらがいる。三弦のギターをかき鳴らして、くぁっつ、ぼれりん、などと音を出す。両手に持った石をぶち合わせているやつがいる。奇声を、おーっ、ほっほっほっほ、発するやつがいる。おーっ、ほっほっほっほ。昔、しょっちゅう聞いたジャングルの樹上生物同士が取り交わす同士確認のための吼え声だ。おーっ、ほっほっほっほ。
タトゥーなのかボディペインティングなのか、後頭部に女の顔を描いているやつがいる。そいつが、くるくる回るので、男女が組んで顔を背けあい、ダンスしているように見える。スミレが刺さった壁が回り、ヘレンと僕もくるくる回った。うんたった、ウ―ララ、ウラーラ。ラララララ。あの酩酊の三拍子! こんなものを見たせいで、思い出を汚したくないが、想起は場所も時もわきまえない。逃亡者たち、動物園の動物達が、野次を浴びせたり、石を投げたりしながらついてくる。その中に浮舟の姿がある。やりすぎをコントロールしようとしているようだ。あれこれ大声を挙げて指示を出しているが男達は聴きゃーしない。
逃亡者たちと生口が喧嘩を始めた。浮舟の姿が見えなくなった。生口らのしゃべりことばは猛烈な訛りに侵されている。いや、それどころか正体不明の多言語が同時に発せられている。興味深いな。ちらり、かつてヒトミが喋っていた言語を聴いたような気がした。だれかが、もしかして浮舟かもしれなかったが、せっせっせっせっ、と合図すると、魔法のように喧嘩が止んだ。ヤツらはツキが落ちたように、だみ声を張り上げて合唱し始めた。各々の自尊心を明らかにしたそうな行進をしながら。数名は口ぱくが明らかではあるが。
うれしやうれし、バトロワで、生き残ったぜ、おれ達は。
棺桶島には十五たり、YO-HO-HO、おまけにラムが一瓶ずつ。うれしやうれし、生き残ったぜ。酒と悪魔が残りは片付け、YO-HO-HO、おまけにラムが一瓶ずつ。
浮舟ではない誰か、この場にふさわしい粗雑な男がだみ声で怒鳴った。どうせなら、もっと正確に唄え―! へっへ――い。だんなさまー。
うれしやうれし、バトロワで、生き残ったぜ、おれ達は。
地獄谷には十五たり、YO-HO-HO、おまけにスポンジ一つずつ。うれしやうれし、生き残ったぜ。酒と悪魔が残りは片付け、YO-HO-HO、おまけにスポンジまたひとつ。
確かにそれぞれがスポンジをすすりながら行進している。遠征で残ったぶんをブラザーたちが傲然たる態度ではあるが分け与えている。竹筒に入った酒もある。けが人はいない。使えないからだ。壮健な者ばかりだ。たくさんの生口をバトル・ロワイアルさせて十五名を選択したようだ。がっかりするほど安易な選択方法だ。誰が仕切っているんだ?
両生類が、ゲロを吐いた。空中に茶色い幕が一瞬架かった。その幕を蹴破るように、足の踵が見えた。川原に落ちて、訶っ! もう一回、訶っ! 音を立てて転がった。フンジャリの踵だ。膝から足首までは灰色の骨だけが露わだが、踵からつま先にかけてはまだ肉がついていて、僕がそこをつかんだ感触がよみがえる。やっぱり湖までたどり着けなかったのか。
僕はさっき食べた川藻の佃煮を少し吐いた。あんなに美味しかった佃煮なのに、食道を痛める胃酸にからめられて、後味が悪くなってしまった。
長々大々の咆哮を可能にするのは、あきれるほどの、僕の施設での部屋ぐらいの容量の肺活量だ。列の最後尾、湯気を峰の白雲のように体にまつわりつかせながら恐竜が現れた。ブラザー達が、棘の蔦で左右から追い立てている。二本のまっすぐに尖った角がVサインのように左右に突き立ち、畑の土を鋤くように切実に空を掻く。ひとあし進めるごとに、首を上下に振りたてて、その反動を利用して体を前へ送っているからだ。まだ子供だが、獣に比べると格段にデカい。左の後ろ足が膝下で切れている。三本脚で歩いている。ドギーを殺した恐竜も三本脚だった。もっとも、本来ニ脚である畸形のTレックスだったが。血はもう流れ出てはいないが赤黒いブドウの房のような血餅が膝上でぶるぶる震えている。仲間達にとっては大収穫だ。広場で屠殺されるのだろう。鳴き声が泣き声に変わって、うえーん、うえーん、うえーんと運命の悲惨を嘆いているように聞こえてきた。僕は、ドナドナド―ナ―ドーナーと口ずさみつつ、逃がすにはどうしたらよかろうかと、考え始めた。
ヘレンが立ち上がると、クロードたちは一斉に、池の真ん中に落ちた石が作った波紋のように、小石を蹴る音を立てながら散開した。よく調和の取れた、王女を気遣うナイト同士の、男性バレリーナもどきの動きだ。もやっと、鼻先に匂いが漂った。ヘレンがこの男達みんなと関係しているのではないかというあきれた妄想に駆られた。まさか。現在学習中の、まあ、独習中だが、KY学が教唆するところであるのか。学習には身のためにならないものもあるな。特にこのKY学には気をつけよう。学習を開始したばかりの今は、過敏になっているようだ。
メノトが、アルファとベータを両手に抱えて姿を現した。下ろされた子供たちは即座に正座してヘレンの横に並ぶ。三つ指突いて、大きな声で、一緒に唱えた。オトーサマー、お帰りなさい。僕の妄想に装飾されたヘレンもまた、面を上げて、顎を高々突き出して、眼前に迫ったモーゼを見上げて、官能の一言、お帰りなさいませ、ダーリン、と言ったのだ。ちぇっ、この場面、見なければよかった、このせりふ、聞かなければよかった。儀式が終わるや否や、メノトは息子には憎んでいるかのように目もかけないで、子供達をかき抱きあげて、あっという間に場面から消え去った。醜悪で巨大で好色なモーゼにそっくりの両生類に、いや、そんな醜悪で巨大で好色な両生類にそっくりのモーゼに、ヘレンが走り寄った。途中でつまづき、それを口実にした風に、好ましくもちょっと躊躇した。両生類の鼻面を踏み切り板にして跳び降りたモーゼは、委細かまわず掻っ攫うようにヘレンをお姫さま抱っこした。派手にわざとらしく音を立ててキスした。クロードたちは、大袈裟に首をひねって横を向いた。あーあっ、と、声が聞こえた気がするのは、気の迷いか。ヘレンは、今はもうこれまでと、抱っこが、まな板の上に載ったことであるかのようにふしだらに身を任せている。また回転だ。(僕はスピンをひどく気にする性質だ。) 急速回転。優雅ではない。ぶんまわす。左手で脇の下から担いで、右手で尻の下から持ち上げている。ヘレンは、快さげになされるがままだ。ダーリン、お―、マイダーリンなどと、時々甘い声が聞こえてくる。おい、モ―ゼよ、君の右手の主要な二本の指は、どこさわってるんだよ。ああ、みじめじゃ。
モーゼは、うれしそうに、ヘレンをぶんまわし、いじくりながら、大音声を上げた。
タダヨシは――、 どこだ――。
作品名:ネヴァーランド 136 作家名:安西光彦