一本だたらは恋をする
一度口を開くと、真菜子は途端にリラックスして鈴木君と会話を始めた。私はその姿を横目に、本日二つ目のケーキを味わう。そうしていたら、いつの間にか夕日が沈む時刻になっていた。結局特に大したアドバイスもしていない為、この一日を無駄に過ごしてしまったため頭が重かった。その頃には会話もまとまり、真菜子も私も帰宅しようか、という具合であった。
一本だたら真菜子は、傍らに立てかけられていた杖を手に取ると、それを支えに立ちあがる。そして、杖と義足と片足を器用に扱い、歩いて行く。
ここに来るまでの道中、バスを利用することになったのだが、その車内では、彼女は優先席を勧められた。
――そうだ。彼らはそう見えてしまうのだ。
妖怪の起源の一つに、奇形児が転じたものがあるという。当時の政権に準じなかった『土蜘蛛』、水死体や橋の下の住民を表した『河童』、異国の者がその姿の原型になったと言われる『鬼』、災害の化身という解釈がされる『八岐大蛇』など。それら有形無形の無知なる恐怖、罪などが彼ら妖怪や悪神邪神を創りあげてきた。それはこの国だけではない。人類文明の至る所に散見している。
人間にとって恐怖こそ悪だ。そして、恐怖は無知から来る。闇の中に存在する何かは無知であり、それは恐怖の象徴である。だからこそ、闇の中の住民である『妖怪』や『魔物』は必要とされた。彼らは、それら恐怖に姿を与えるために産み出されたと言っても過言ではない。
一本だたらはたたら場に従事していた人間が妖怪に転じたモノとされる。片目で炎を見つめ続ける為に片目は潰れ、片足でふいごを踏み続ける為に片足が萎える。その姿に人々は恐怖、畏怖、また尊敬し、キュクロプス、から傘お化け、一つ目入道、一つ目小僧、ダイダラボッチ、天目一箇神、そして一本だたらとして崇め恐れられたのだ。
――彼らは人類の恐怖と罪と願望の化身である。恐怖は無知から去来すると前述した。だからこそ妖怪という存在は人々を魅了するのだろう。
私は一本だたらと黄昏の町を歩く。そこかしこに闇が姿を現し始め。
「今日は、ありがとうございます」
「別に、私は何にもしてないよ」
ケーキを奢ってもらっただけで、ただそこにいただけだ。
「いいえそれでも――そこに居てもらっただけで、私はあそこに行くことができたんです。私の足りない勇気を、貴方はそこにいるだけで肩代わりしてくれたんです」
そう言って、一本だたら真菜子は笑う。
私は照れ臭くなって、顔を背ける。誉められるのは慣れてないのだ。
「――そんなことより、私、さっきから気になっていることがあるんだよね」
誤魔化しついでに、先ほどから喉元に引っ掛かっている疑問を一本だたら真菜子にぶつける。
「あんた、ホントに一本だたらなの?」
この女は一本だたらと自称した。そのことが、私の中では違和感として残り続けていた。
一本だたらや一つ目入道等など。それらの神魔妖怪は、鍛冶場に勤めていた人間たちが転じたモノとされることがある。
はて、それではおかしなことになる。鍛冶場、特に日本のたたら場は、女人禁制である。――ということは、たたら場の従事者の化身は全て男でなければならない。で、あるのに、一本だたら真菜子は女である。
これは大いなる矛盾だ。女の一本だたら、女の一つ目小僧等は、存在しない筈なのだ。
「さあ――それは秘密。いいえ、宿題にしておきます」
真菜子は私の傍を離れ、路地裏へと足を向ける。
「それでは今宵はこの辺で。またどこかで会いましょうね」
そう言って、真菜子は闇の中に溶けて消えた。
家に帰ると、毛布お化けがお出迎えする。遠くで雷の音がするが、雨ではない。多分アレは鵺だ。
部屋の中にはあっちこっちにお化け妖怪の気配がする。毛布お化けは隠れる気がないし、屋鳴りさんがあっちこっちで喧嘩している。妖怪リモコン隠しは何もない部屋の中をリモコンを隠す場所を探して右往左往している。
私は、買ってきたカップ麺を食べる為に、お湯を炊く。そして、パソコンに電源を入れ、先ほどの宿題に取りかかることにした。
調べていて分かったことがあった。
――人身御供として捧げられる生贄には、逃亡を防ぐ為に目を傷付けたり片足を落としたりすることがあったという。
私は前述した。彼らは人類の恐怖と罪と願望の化身であると。これもまた、恐怖や願望、そして罪の一つの形であったのだろうか?
いや、考えても栓のないことだ。結局彼らは人間のこうであって欲しい、欲しくない、そんな願望や想像力を糧に生み出された実体のない生き物だ。明確な答えなど、彼らにはあってないモノだ。
――だが、しかし、真菜子がもしそういった由来を持って生まれた妖怪であるのなら、と。自分とは違うモノを排斥する為の存在、妖怪。彼らは恐怖と願望、そして罪を背負わされて生まれてくる。
私はその人間の汚さを思わずにはいられなかった。
作品名:一本だたらは恋をする 作家名:最中の中