小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

グランボルカ戦記 6 娼婦と騎士

INDEX|5ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

娼婦と騎士 2



 メイと一緒に出かけた日から一週間後、アンジェリカはフェイオからもらった名刺を頼りに一人で薔薇の館を探して裏路地へと入っていた。
 アミサガンは国内でも屈指の治安の良さを誇る都市で、そこで生まれ育ったアンジェリカも悪く言えば平和ボケした頭の持ち主である。そんなアンジェリカにとって、薔薇の館へ向かう路地は、『ここは本当にアミサガンなのか?』と疑ってしまうような場所だった。
 胸の大きく開いたドレスを着ている女や、腰の上までスリットの入ったマーメイドドレスを着ている女。とにかく多くの客引きが代わる代わる声をかけてくる。それに加えて、おそらくはお忍びで来ている貴族や騎士なのだろう覆面を付けて道を歩いている男たちの中にはアンジェリカの顔を見るなり覆面で隠れている顔を更に隠す様にしながら足早に立ち去っていく者も居た。
「メイから聞いていたが、この一角は本当に別の街のようだ。」
 客引きが途絶えたところで、アンジェリカはそうつぶやくと小さなため息をついた。
 こういった場所が必要なのはアンジェリカにもわかるが、それでも『そこにあることを知っている』というのと、実際に見てみるというのはぜんぜん違うものだ。
 アンジェリカがしばらく歩くと、薔薇の館は難なく見つかった。アンジェリカは薔薇の館の入り口に立っていた客引きの娼婦にフェイオの名刺を渡すと、銅貨を数枚渡してフェイオへの取次を頼んだ。
 フェイオの時のように金貨ではなく銅貨なのは、メイからきつく『花街では軽々しく大金を見せるな。チップは銅貨で十分』と言われていたからだ。
 しばらくして、フェイオが入り口に出てきてアンジェリカに話しかけてきた。「来てくださったんですね、騎士様。」
「ああ・・・驚いたな。本当にこんな所にいるとは。」
「こんな所だなんて。確かに路地は小汚いですけど、住んでみると意外といい街なんですよ。お相手は、私でよろしいですか?」
「あ・・・ああ。フェイオに会いに来たんだからな。」
「まあ、嬉しい。では騎士様、こちらへ。」
 フェイオはそう言って笑いながらアンジェリカの腕を抱えると、店の中の階段を上がり、廊下に幾つか並ぶ部屋の中の一室へと案内した。
「では、支度いたしますので、騎士様はそちらのベッドでお待ちください。」
 そう言いながら部屋に入るなり服を脱ぎだすフェイオを見て、アンジェリカが慌ててフェイオを止める。
「待て、フェイオ。服は脱がなくてもいい。」
「脱がないほうがお好きなんですか?まあ、たまにはそういう方もいらっしゃいますが。意外とマニアックなのですね。」
「いや、いやいやいや。そうじゃなくて・・・私は今日は君とそういうことをするためにきたんじゃないんだ。」
「どういう・・・ことでしょうか。」
「君を、身請けしたい。」
「はぁ・・・。」
 突然のアンジェリカの申し出に、フェイオは呆けたような返事を返した。
「はぁ。ではなくてだな。」
「お妾にということでしょうか?」
「いや。うちの使用人にならないか?」
「それは無理というものですよ、騎士様。」
「君がケット・シーなのは、知っている。それを承知の上でも無理か?」
「・・・やはりこの間連れていらっしゃった女性は同族でしたか。しかし、一体どういうことでしょうか。抱いたわけでもない、ただ街でぶつかっただけの娼婦を使用人に迎えたい。騎士様のおっしゃっていることは、私の理解の外です。」「メイに・・この間連れていた友人に聞いたんだ。ケット・シーがどうやって連れて来られて、どうしてこんな所に居させられているのかということを。君は森でさらわれてきて無理やりこんな仕事をさせられているんじゃないのか?だとしたら私は君を救いたい。」
 アンジェリカの話を聞いてフェイオはため息混じりに薄く笑った。
「同情ですか・・・。」
「どう取ってくれてもいい。とにかく君のような子が理不尽にこんな所にいるのは私にとって許しがたいことなんだ。」
「理不尽でも、無理やりでもないんですよ、騎士様。私は望んでここに来ました。ここの主人のカテーナさんは、私を買いたいと言った。そして私はそれを承諾しました。これはきちんとした契約の上に成り立っていることなんです。私は自分で稼いだお金でカテーナさんにお金を返さなければいけない。ですから、誰かの同情でお金をいただいて自由になるというのは・・・ダメなんです。」
「・・・。」
「私は、カテーナさんに大きな恩があるんです。末の妹が病気にかかった時、ケット・シーのまじないや薬草ではどうしても治せなくて、でも人間の医者はケット・シーの診察なんてしてくれなくて。もう妹は助からないんだ。そう思って沈んでいた私の前に現れたのがカテーナさんでした。彼女は私に契約を持ちかけた。妹の治療と療養。その全ての手配と療養に必要なお金を出す。その分私が働けと。そう言ってくれました。」
「やはり無理やりじゃないか。」
「無理やりじゃないです。確かに私の前にはその選択肢しかなかったけど、それでもその時私たちに救いの手を差し伸べてくれたのはカテーナさんだけだったんです。だから私は、誰から蔑まれようと、惨めな思いをしようと必ず自分の力で返済をすると誓ったんです。騎士様。騎士様達は誇りやメンツを重んじますよね。私にとって、この仕事でカテーナさんの役に立つというのは、騎士様にとっての誇りと同じくらい大切なことなんです。」
「・・・そうか。ならば、返済が終わった時に妹と共に私の屋敷にこないか?」
 アンジェリカの提案に、フェイオは驚いたような表情を浮かべた。
「ケット・シーの友人が言っていたよ。何年も人間社会に居ると、森に戻る気を無くすとな。そうなると、次の働き口が必要だろう?それに、妹の病気が再発する可能性だってある。」
「ですから騎士様・・・。」
「勘違いをしてくれるなよ。これは同情じゃない。君の話を聞いて、君に騎士と同じ誇り高い魂を感じたから言っているんだ。高潔な魂を持つ君に、是非屋敷で働いてもらいたい。そう思っているんだ。」
「騎士様は、変な方ですね。」
 フェイオはそう言ってクスクスと笑った。
「いつまでも騎士様と呼ばれるのも収まりが悪いな。私はアンジェリカだ。アンジェリカ・フィオリッロ。アンジェでいい。」
「フィオリッロ?もしかしてあの、名高い白銀の騎士ですか?」
「そんな風に呼ばれていたこともあったな。しかし、私や家の名誉と誇りは主君に弓を引いた時に一度終わった。今の私はただのアンジェリカだよ。」
「あれ・・・?でもたしか白銀の騎士様は女性だったはず。」
「ああ。私は女性だぞ。」
「ええええ!?」
 アンジェリカの口から聞いたアンジェリカの性別に、フェイオは今日一番の衝撃を受けた。
 
 
 薔薇の館を出たアンジェリカの足元に一匹の黒猫が擦り寄ってきた。
「心配して来てくれていたのか?」
「ありゃ。バレバレか。」
 黒猫は人間の言葉で言って目を細めて舌を出すと、煙とともに人の姿へと変身した。
「で、どうだっにゃ。まあ、アタシは別にあんたが誰を雇おうが関係ないけど、リュリュ様的にはどうなの?」