探索
探索1
1
川の表面に見えない川が重なっているので、刻み採る、反転したウグイスを読むための辞書を踏みながら。いくつかの水分子に哀しみを含ませて川をさかのぼらせる。川を構成する無数の小さな川のそれぞれにふさわしい概念を盗み出した。故障した川には技師を呼ぶ、エンジンに苔を生やしてもらう。
2
スクリャービンの気孔から巻いてゆく指々を看取る。痛いのはここから何?の地点? 人生に苦悩するときの時給はいくら? あまりに鍵盤を折檻するので見ながらつづら折りになる。髪は鉱物、手は気体。午後にはラフマニノフの散乱。靴音を拾い集めるのは火を焚くためであって、種を蒔くためではない。
3
渾身のささやきでさえ、彼の要点を囲めない。傷ついた大陸へと月は進み、濡れた新聞が彼の皮膚へと文字を移す。電波は走りながら距離に抵抗する、うぬぼれの振幅は樹々に応えている。すみやかな憎しみを衒い、彼は毛先を一心に研いでいる。「ノートル・ダムには今朝見繕った菱形をしかけてやれ。」
4
美しいヴィトリは拡声する、生存のあたらしさを白ませるための脚を持っている。無駄な心がいくつ足りないのか、血を分けた弟子と言葉づいている。湾曲したデュファイに道筋をつける、ここからあそこまでの最長距離を実現する。ガラスを透過して来た羽虫の体温ほどなげやりではない。
5
拍手困難に陥ったのでどんなに凝縮しかかった演奏にも拍手できない。窓を切り分ける瞬間には人を切り分ける瞬間が含まれている。建物は渦巻き、部屋はさかのぼり、階段は流れる。波頭に死んだ眉を溶け合わせて、拍手困難を克服する。世界にはたった二種類の拍手、内拍手と外拍手。
6
いったいどんなモンテヴェルディが川底に刺繍されるのだろう。昼の輪郭を渡りきらないうちに夜の仕組みに絡めとられてしまう。バッハは空から投げ落とされ、時間の分散を防ぎつつ気流のもつれを改組する。海を信じるということは、例えば魚の色と海流の速度との類似について矛盾なく説明することだ。