愛道局
サニーサイド病院
春であった。乾燥した空気を明るさを増した太陽が照らしていて、これからボランティアに行くサニーサイドド病院も明るくきれいなのだろうと思ってしまう。山本は「ヨシッ」と気合を入れて家を出た。
サニーサイド病院は、名前とは違ってビルに囲まれた陽当りの悪い所にあった。四階建ての古い建物で、建築当時は陽も当たり立派であったのだろう。良く言えば大病院のように威圧するような建物ではないというところか。
山本が中に入ると、すぐ左がロビーになっていて右奥に受付があった。受付の前のソファーに座っているのは全員老人であった。
「ボランティア協会からまいりました」と山本は教習で教わった通りに受付で告げた。
「はい、少々お待ちください」と受付嬢は、パソコンに向かい、キーをたたく。
「登録番号をおっしゃってください」無駄を省いた機械的な応対だ。
「え、そんなのあったかな」山本は手に持っていたボランティア通帳を見る。
「これかな、えーと、1105」
山本が言った数字を職員がキーで叩く。
「お名前は?」
「山本です」
職員が「はい、伺っております。それでは、その廊下を入って直ぐ左にエレベーターがあります。3階で降りますと斜め前にナースステーションがありますので、そこでこれをお渡しください」と言って伝票のようなものを差し出した。
山本は、少しの緊張と好奇心をもったままエレベーターに乗った。3階のボタンを押すと、今どきめずらしい感じに揺れてごとごとと音をたてながら動き出した。
3階で降りると、すぐにナースステーションはわかった。白衣を着た四十代と思われる医師がカルテをみながら看護師に指示をしている。5人ほどの看護師がそれぞれ、忙しそうに動いたり、何かを書き込んだりしていた。
山本は声をかけるタイミングを失い、看護師の動きを目で追った。早送りでビデオを見ているような気がした。うめき声がして、山本は隣の部屋を見た。観察室とでも言うのだろうか、6つあるベッドのうち4つに患者がいた。何かうわごとのように呟いている老婆が見えた。目は天井を見ている。まるで、あの世から呼ばれているのを必至にことわっているようにも見えた。「痛いよう、痛いよう」と繰り返している者もいる。注意してみると、顔が小刻みに揺れて、目がうつろな老婆もいた。山本は看護師達を見た。誰もそれらを気にかけていないように見える。モニターを見ている看護師もいるので、取りあえずはいいのだろうが、山本は閉塞感に襲われこの場を立ち去りたいと思った。
やっと一人の看護師と目が合って、山本は一歩前にすすみ、手に持った伝票を渡した。
看護師はそれを見て、振り返り別の看護師を呼んだ。「はーい」と元気な声がして多分一番若いと思われる看護師がやってきた。
「403号室、辻さんのところに案内してあげて」
「はい」
返事がいい少し小太りの看護師は、山本の顔をちらっと見て軽く会釈した。山本はその看護師の少し恥じらいを含んだ顔が可愛いと思って、たったいま感じた閉塞感が薄れていった。