愛道局
時限爆弾のように
山本は眠りから覚めて、身体のあちこちが痛いのを不思議に思った。空腹感があった。
今は何時だろうと時計を見ると七時になろうとしている。朝か夕方か解らず、外を見る。暗かった。そうか、ちょっとの間寝ただけだったと思い出した。山本は布団から出て、冷蔵庫からビールと食べられるものを取り出し、テレビを点けた。ニュースの時間ではなかったが、パトカーや消防車の点滅する赤い光が重大事件を物語っている。やがてヘリコプターから撮った映像が映し出された。
「こちらが武蔵野市の武蔵野浄愛場ですね。まだ一部で煙があがっています」スタジオに映像が変わり、アナウンサーが、誰かの指示を受けるのが見えた。映像が現場の中継カメラに変わった。山本に見覚えのある浄愛場の入口が見える。幾台ものパトカー、消防車が見えた。
「次ぎ、これ」
テレビ局内での混乱した様子が音声に入っている。やがてアナウンサーが映し出され、東海道新幹線が人身事故によりストップしていることを告げた。映像は停車している新幹線をとらえ、駅の様子を映し出した。
また映像が変わって、横浜の浄愛場がやはり何物かに侵入され、愛気がストップしていると報道した。
山本は自分がこの騒ぎを喜んでいるのを感じた。まだまだもっともっと広がるだろうという確信めいたものがあった。ちっぽけに感じていた自分が革命のヒーローになったような昂揚した気分がある。
「新しいニュースです。午後7時30分頃、小田急線で人身事故があり、今、全線がストップしています。えっ?」アナウンサーが驚いたような声を出した。
「また、人身事故でストップしました。午後7時40分、ちょっと前ですね。JR中央線で人身事故により全線ストップしています。えっ、どうなってんだ」
アナウンサーが職務を忘れた声を出した。テロップでは、全国各地の浄愛場が機能マヒしていることを知らせている。
山本はチャンネルを変えてみた。どこも浄愛場か鉄道を映し出している。あらかじめセットされていた時限爆弾が破裂するように、全国各地の浄愛場が襲われ、鉄道がストップした。
「テロの可能性がありますねこれは」
急遽集められたのだろうコメンターが誰でも思いつくことをもったいぶって言っている。
「今のところ犯行声明のようなものは無いようです」
「また、鉄道がストップしました。山手線です。これも人身事故のようです。場所は、数ヵ所?」
「失礼しました。これまでにストップした鉄道は」
映像がどこかの駅を映しだした。テロップが流す情報は選挙速報のように次々をかわって行く。
「襲われた浄愛場は、5つになりました。東京都の殆どが機能マヒになっています。あれっ、何か」
音声が途切れた。怒鳴り声と女性に泣き声が聞こえている。テレビの映像は同じ場所から動かない。
外でパトカーのサイレンが聞こえた。
行かなければと山本は湧き上がる感情に、思わず立ち上がった。具体的な場所は頭に無かったが、それでも足が向かう方に行って、何かをやりたいという思いがある。それはとても甘美な自己破壊に思えた。
玄関に向かった山本の後ろから「おとうさん待って」という声が聞こえた。山本は振り返り、妻の写真を見た。引き返した山本は位牌を手にし、胸ポケットに入れた。
山本は内側から力が湧いてくるのを感じた。充実感でいっぱいになり、思わず笑い声をあげた。そして力強く歩き出した。
(終)