愛道局
山本はふうっと大きくため息をついた。普段の5倍もの使用料だった。1月は妻が亡くなって、つい沢山の愛気を使ってしまったのだ。葬儀を控えめにしても結構の出費だったし、ずうっと続いている不景気のせいで、山本ような個人事業主は大変である。貯えも減ってきている。たったいま家賃を振り込んで帰ってきたところだった。
「そもそも愛気なんて、昔はそのへんにいっぱいあったし、無料だったはずだ。なぜこんなに高いんだ」
山本はその督促状をテーブルに叩きつけた。しかし、目測を誤ったか、指先も一緒に叩きつけてしまった。
「イテッ」
山本は慌ててその指をなめる。シビレと痛みの交じった指はちょっぴり苦かった。指をくわえたまま山本は自分が涙ぐんでいるのを感じた。それから引きよせられるようにタンスの上にある妻の遺影を見た。やさしく微笑んでいる妻に向かって照れたように口元の微笑み真似たが、指はくわえられたままなのでそれを微笑みというかはあやしかった。
山本は妻の視線に堪えきれず目をそらす。また大きくふーっとため息をついた。舞い上がったほこりが西日を受けて踊っている。
「掃除でもしようか」と独り言をいいながら掃除機を出して、テーブルの上に吸い口をもって行ったとき、「ダメッ」と妻の声が聞こえた気がして、山本は掃除機のスイッチを切った。「やっぱりだめかな」と、もう乾いてしまって軽くなった布巾をざっと水道で洗い、きつく絞って拭いた。さあ、これでどうだと言うように妻を見ると、「当然でしょう。別に褒めるようなことではない」と言っているような顔だった。
「ふん、お前がテーブルにいろいろものを置かなくなって、サッパリしてしていいじゃないか。前なんかほこりの積もる隙間もないほどものを置いて」と山本は心で言って妻を見た。妻はなにも見なかったし、聞こえなかったように微笑んでいる。
思えば以前は愛道料金など微々たるものだった。妻と私は毎日誠実に喧嘩もし、話しあい笑いあった。娘だって手のかからないいい子に育ったので、愛気を使ったのは、妻の両親に対してだろう。没落した元プチブルというのもやっかいなものだ。経済観念はなかなか改まるものではないらしい。自分の年金が娘夫婦に一部でももって行かれるのが不本意であったのだろう。経済観念の差が時々妻を悩ましたものだ。両親が逝ってしまってからは、五十代ながら新婚時代のように二人だけの生活を送ってこれたのだが、それも長くは続かなかった。
山本は掃除機をかけながら、まだまだ部屋に不必要と思われるものがあるのを見つける。ものを捨てるのをいやがる妻は今は居ない。少しずつ捨てたり人にあげたりしているのだが、目立って減った気がしない。妻が、部屋のあちこちに使用を目的としない買物と保存を行った。それをバラバラにしたら以前より散らかってしまった。少し捨てたぐらいで部屋がスッキリとはいかない。誠実な山本は一つずつ妻にお伺いを立てながら捨てている。
取りあえず空いている場所は綺麗になった。山本はどうだとばかりに妻を見る。
「まだまだ」と妻が首を振ったように見えた。
山本は疲れがどっと出て、気が弱くなり、孤独感に襲われた。しばらくぼーっとしたあと、山本はリモコンで愛気機のスイッチを入れた。程なく部屋に愛気が満ちて、心が穏やかになった。畳の上に仰向けになって大きく手足を伸ばす。遠い昔、青草の匂いのする土手でぽっかり浮かぶ雲を眺めながらうとうとと寝てしまった日を思い出した。そして実際に眠気を感じた時に、ストンというように眠りに落ちた。
気がついて、外をみると、夕方だった。愛機器がついたままになっている。
「もったいない」と、山本はスイッチを切った。
「それにしてもお金」と山本は呟く。愛道料金は、奉仕によっても払うことが出来るらしい。収入の減っている今はそれしかないなと思った。