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愛道局

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「ここまでが第一浄化ブロックで、ここから二つに分けられます。一つは第二浄化ブロックに続いています。もう一つはUターンして最初の第一浄化ブロックに戻されます」
「落第ということだな」
 格言男がしみじみと言った。長谷川女史がそちらを見てにっこり微笑んだ。格言男は少し赤くなって照れている。案外純な男なのかも知れない。少なくともきれいな女性の前では。山本は彼が長谷川女史の微笑みをもらったことに少しの嫉妬を覚えながらそう思った。
「さらに新しい気と一緒に流れてきて、ここで二つに分けられます。追跡調査は出来ませんので、何度落第を繰り返したかは分かりません」
 そう言って長谷川女史はまた全員に微笑みを送った。山本は自分に微笑んでくれたと有頂天になったが、他の者も皆そう思っていたかも知れない。
「しばらく第二浄化ブロックが続きますが、皆さんよおく耳を澄ませて下さい」
 長谷川女史が立ち止まった。皆がそれにならって立ち止まって耳を澄ませた。耳には自身があった山本だが、聞こえたのは小川のせせらぎだった。
「水が流れる音」
 山本が言うと、長谷川女史が微笑んで「そうですね、さらにもっと聞こえないですか」
「クラシック音楽が聞こえます」
 三十代後半と思われる女性がそう言うと、数人がああ、そういえば聞こえると言った。
山本も聞こえてきた。作曲家はわからないが、クラシック音楽であることはわかった。


「建物の中で流れていますので、かすかにしか聞こえませんが、中はかなりの音量があります。と言っても、中に入れるのは特別な人だけですから、直接聞いたわけではありませんが」
 長谷川女史は残念といった表情でそう言った。その少し負けず嫌いだろうと思われる表情もすばらしく山本は見とれてしまう。そして、同時に妻の顔を思い浮かべ「ごめん」とあやまってしまう。
 浄化ブロックの建物を左手に見ながら、生命力旺盛な緑の樹の下を歩く。樹木と灌木の匂いが山本に遠い昔を思い出させた。今は亡き母が汗を拭きながらリヤカーを引っぱっている。自分は中学生だろうか、両手でリヤカーに積まれた荷物を押している。汗が流れるが、シャツの袖で拭こうとして押す力が弱まると母の叱声がして、汗が流れるにまかせて押し続けた。あれだけの汗をあれ以来かいたことがあっただろうか。
「もう少しで、第三浄化ブロックに入ります。ここからは建物内に入ります。暑い中歩かせてしまいましたが、これからはちょとっと涼しくなります」
 長谷川女史の言葉で山本は思い出から現実に戻った。思い出の中で汗をかいてしまったのが、現実にも暑く感じてしまっていた山本はホッと息を吐いた。
 第三浄化ブロックの入口では、長谷川女史を定年間近と思える守衛が迎えるように扉を開いてくれた。守衛にちょっと微笑んだだけで通り過ぎる長谷川女史に、ああ、この女性は扉を開けてもらうのが似合うと山本はしみじみと思った。
 大木の下を歩いてきて、そう暑く感じたわけは無かったが、建物の中に入ると違いが解った。他の参加者もふーっと息を吐き出している。冷えているという感じはそれ程でもない。湿度がかなり違うのだろう。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川