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ある日の松木一尉

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 この危機的状況の回避行動を模索する松木一尉を助けるように、高原のデスクにある電話が鳴った。
「熟読するように」
 ファイルを差して言った高原は、松木一尉の心情も知らずにさっさとデスクへ向かう。
確かにこの状況に困ってはいたが、そのあまりのあっけなさに松木一尉はほっとした反面、少しがっかりもしている。
 反応しかけた下肢を持て余しながら、自分に与えられた席へと移動し、煩悩を振り切るようにファイルを開いた。
 慣れた専門用語の羅列を目で追えば、桃色の中を漂っていた脳内も、自衛官らしく一気に国防色へと変貌する。高原に言われたとおり、関係する護衛艦や潜水艦の性能も頭に叩き込む。 当然、そこに携わる幹部自衛官の名前と顔も記憶した。
 仕事においては、決して手を抜かない。
 それが生真面目な松木一尉の矜持でもある。
 広々とは言えない執務室に高原とふたりきりでいることを意識したのは、最初の数分だけだった。
 高原があれ以降、無駄に話しかけてこないのを寂しいと思う反面、正直助かったとも思っている。あんな状態が続けば、仕事に支障をきたすどころか、早晩、性犯罪者になりかねない。
 遠くから見ていただけの人が、その容姿に反して意外に無防備で無自覚だということはすぐに理解できた。
(まったく・・・・・・)
 困ったと思いながらも、そんな高原を余計に愛しく思えてしまうのだから重症だ。
 だが、資料に集中すれば、不埒な思考が入る余地はなくなる。
 執務室は時間を忘れたように静かだ。
「職務熱心なのはいいことだ」
 ファイルに目を落としていたところへ、不意に声がかかった。
 見上げれば高原がすぐ前にいる。
「無理に一日で覚える必要はない」
 薄く笑みをみせると、その手が松木一尉の肩を叩く。
「そろそろ帰宅しようと思う。ここの施錠をお願いする」
 高原に言われ、もうそんな時刻なのだとはじめて気がついた。
「お疲れ様でした」
 さっと敬礼した松木一尉へ、高原はくすっと笑みをみせて答礼する。
 凛々しいその姿が見えなくなるまで見送ってから、松木一尉も帰り支度をした。

 玄関を開ければ、朝見送ってくれたのと同じ顔が松木一尉を出迎える。
「ただいま戻りました」
 例え写真であっても、きちっと敬礼をするあたりは自衛官の鑑といえよう。
 だが、本人は至って真面目であっても、傍から見たら首を傾げたくなるのは否めない。
 制服から部屋着へと着替え、夕食の準備をする。
 ピンクのフリフリエプロンは当然のように、松木一尉の前でレースを可憐に揺らしている。
 ちゃんと栄養を考えた松木一尉お手製のおかずに、一切の手抜きはない。こうして日々修練しておけば、いずれはこの腕を振るうときが巡って来るかもしれないと、松木一尉は固く信じて疑わない。
「いただきます」
 食事を前にすれば、これも朝と同じように写真の人へと挨拶をしてから箸を取る。
 どれも隠し撮りとわかるアングルだが、唯一、寝室にある写真だけはカメラ目線だ。
 食事が終われば日課の筋トレをする。
 いつ何時、この肉体が日の目を見るかわからない。と、半分期待を込めた理由をつけてはいるが、本当はただの習慣だ。筋トレを欠かすとどうも調子が出ないのは防大時代からの習慣であり、いまや生真面目な松木一尉の日課ともいえる。
 少し汗を流したくらいでは欲を紛らわせることはできないが、あんなことや、こんなことをしたいという願望を叶えるには、肉体の鍛錬は必要不可欠だ。
 そんな願望のひとつが頭を過ぎれば、すぐに脳内は国防色から桃色に塗り替えられる。
 鍛錬の意味が微妙に変わっても、腹筋は四角に割れてくれるし、上腕二頭筋はきれいな稜線を作ってくれる。
 あんな体位やこんな体位――と、徐々に頭が暴走を始めれば、健全な男としては当然のように困った事態に陥る。
 間近で見た高原の姿が鮮やかに思い出される。いけないこととは思いつつも、健全な発達を遂げた成人男子の性は暴走を防げない。わずかな罪悪感が余計に熱を煽り、緊急措置を施すべく松木一尉は右手の発動を決断した。
 本人に会ってきたばかりとあって、妄想と発射行動の連動もすばらしく、松木一尉は満足のいく一瞬を迎えた。

 ベッドに入れば、写真を目の前にかざす。
 唯一、自分を見つめ返してくれるこの写真は、まったくの偶然の産物だ。
 高原の実兄である高原海将補の写真を撮ろうとした広報官が、間違えて高原を撮ったものだ。
 それを見逃さなかった松木一尉は、すかさずその広報官に手を回したのは言うまでもないが、さらには、自分以外には絶対に流出しないように手を打った。
 我ながらすばらしい対応振りだったと、今更ながらに自分を誉めたい松木一尉だった。
「おやすみなさい。また明日」
 触れるキスをして写真を戻すと、松木一尉は夢でも会えることを祈りつつ、静かに目を瞑った。
 目を瞑れば今日の記憶がより鮮明に思い出され、幸せに思い出し笑いが口を和らげた。
 急速に欲望に席巻された脳内は速やかに迎撃体制に入り、垂直発射装置が機動を始めていた。

                了
作品名:ある日の松木一尉 作家名:綾瀬 巽