夢見
それから周りの話を聞くうちにだんだんと頭の中が整理されてきた。まず、俺と木葉は昨日は丸一日、学校を休んでいたらしい。二人共一日中寝込んでいたという。この話から、昨日、俺がトラックにひかれたことも、木葉が通り魔に刺されたことも実際には起こらなかったことだ。つまり、あの木葉が通り魔に刺された時点から、木葉が過去の俺の夢に戻ったということが考えられるが、木葉の話ではその場合、俺の記憶を書き換えてしまうと、昨日、俺はトラックにひかれているはずである。しかし、現実は俺も木葉も丸一日部屋で寝ていたというだけだ。ついでに言うと、昨日の時点で通り魔は捕まったそうだ。だから、今日また同じことが起きることは絶対にないはずだ。
昨日、丸一日眠っていた、と言っても俺は昨日起こったこと(木葉が刺された昨日)全てを記憶している……、待てよ、俺には全ての記憶が残っている。まるで、昨日一日(木葉が刺された昨日)が存在していたかのように……。まさか、木葉はあの時、過去の俺の夢に入り込み、昨日の出来事を全て見させたのか! でも、それは上手くいかず、力尽きて木葉も俺も一日中寝込むはめになってしまったのだろうか。まあ、それでも結果的には俺達に対して不運続きの昨日の出来事を全て回避することが出来たってわけだ。もちろん、俺のこの記憶は全て単なる夢だったっていう可能性もある。
俺は木葉を見た。相変わらず、机に伏せていたが、しきりに周りの様子を伺っているようであった。まるで誰かを探しているように。その時、俺と目が合った。俺は木葉の傍に近寄った。木葉はまるで不審者を見るような目で俺を見ていた。それもそのはずだ。昨日、仲良く話していた記憶は木葉には無いのだから。
「何か用?」
ぶっきらぼうに木葉は言い放った。
「木葉さん。君には記憶がないだろうけど、俺は木葉さんに命を救われたんだ」
木葉は何かを悟ったかのように目を見開いた。
「そっか。あなたなのね。私が過去の夢に入った人は。しかも、許容量をオーバーしてまで……。お陰で昨日は一日中、苦痛でのたうち回る羽目になったわ。まだ頭がズキズキして痛いし」
苦痛で、のたうち回る……、想像以上の代償があったようだ。
「……ごめん。でも、本当に感謝しているよ」
「この能力って不便よね。私自身は全く記憶が残らないし、君だけが知っているって事でしょ? それって、すっごく気分が悪いわ。でも、どんな理由があって、私は君を助けたのかしらね。しかも能力をかなりオーバーしてまで……。まあ、私自身のしたことだからしょうがないのだけど」
木葉は、俺の顔をチラッと見た。
「俺を助けた理由? 確か、昔、飼っていた猫の、えーと、クーニャって言ったっけな。その猫が俺に似てるとかどうとかで……」
俺が言い終わらないうちに、木葉は顔を真っ赤にして俺を凝視していた。
「な、何で……それを!」
「お前が言ったんだろ? あ、そうか。お前には記憶が無いんだっけな」
「もー! だから嫌なのよ! 何で私の知らないところで、勝手に私のことが話されているのよ! くそう。こうなったら、また君の記憶を書き換えてしまおうかなぁ!」
「だ、駄目だ。それだけは絶対駄目! 取り返しがつかなくなる!」
今、また書き換えられたら、あの最悪の昨日がまた巡ってくる。それだけは絶対に阻止しなければならない!
「じゃあ、全部話して! 昨日あったこと全部! 言っておくけど、作り話なんかしたら承知しないわよ! 私には分かるんだからね」
「あ、ああ。分かったよ」
そして、俺は昨日あったことを木葉に語った。もしかしたら、全て俺の単なる空想かもしれない。確かに、昨日のあの出来事は現実では起こらなかった、だが、俺にとっては確かに記憶に残っている事実であったのだ。
あの時、俺達二人は死という運命の流れを変えてしまったのかもしれない。その代償はこんな事で済むはずがなく、やはり何処かで払わされるのだろう。いつ、その代償を払う時が来るのかは分からないが、その時が来たらその時にまた打開策を考えればいい。それまで、いつも通りの日常を満喫させてもらおう。いや、もういつも通りじゃなくなってしまった。どうやら、俺は、この人形のように可憐で、しかし自分中心で不愛想な女と運命共同体になってしまったようだ。まあ、それも悪くないかな。一人では無理でも、木葉と二人なら死の運命さえ乗り切られるような、俺はそんな気さえしていた。