数式使いの解答~第二章 雪と槍兵~
《第六幕》数学者の戦い
三人は散開し、ロピタルを取り囲むように周囲を巡る。
ロピタルの二つの瞳では、どうあがいても全員を見続けることは不可能だ。
「"ガル"!」
まず動いたのはヘルメスだ。
唱えたのは、得意の加速数式。名をガル。マッハのように無理矢理速度を跳ね上げる数式ではない。その最大の特徴は、使用者への身体的負担が小さい点だ。
理由は、その加速方式にある。
そもそも、マッハの効果は移動速度そのものに干渉している数式であり、その補助として肉体を酷使しているのだ。
対して、ガルは加速度に影響を与える数式である。その効果は、任意の加速度の増幅。
加速度とは、速度の上昇、或いは下降具合を示す単位だ。その加速度を増幅する。それはつまり、加速そのものを増幅しているに他ならない。
爆発的な加速力で、ヘルメスは光の如く戦場を駆ける。
それに続いて行くはローレンツ。得意の"マッハ"と"ジュール"、二つの数式を起動して撹乱するように戦う。
速度でこそヘルメスに劣るが、豊富な数式が彼のもつ最大の武器だ。速さだけで、彼を図ることはできない。
最後に、ミリアが走りながら詠唱を始める。
「はぁっ!」
ヘルメスの一突き。
二本の槍はさながら雷光であり、まさに"二筋の光(デュアル・ライト)"の異名通りだ。
同時、ローレンツの黒き剣も振るわれる。
「ああああっ!」
灼熱の刃は弧を描き、二度、三度、四度と、連続でロピタルを襲う。
だがやはり、ロピタルは無傷である。
あらゆる外力を分散・反射する完全なる防壁は、一切の攻撃を無力に帰す。それは高熱すら通さず、切断することなどとてもではないが不可能だ。二人がかりでどんなに攻撃しようとも、その壁は無傷のままである。
「わかってはいるが、無力を痛感させられるな、ローレンツ!」
ヘルメスが冗談交じりに叫ぶ。
「まったくだな!」
同意を示し、ローレンツは悪戯っぽく笑んで返す。
そのとき。
「二人とも! 準備できたからそこをどいて!」
ミリアからの合図。
詠唱が終わり、数式の準備がととのったのだ。
今まで二人が攻撃し続けたのは、陽動だった。ロピタルはあらゆる攻撃を、ひいては数式を無効化する。数式を使いこなすミリアだが、ロピタル相手ではほとんど力を使えないのだ。
ならば、初めからロピタルを狙わなければいい。
それに最も適しているのはやはり、純粋な数式使いであり、大規模な数式を得意とするミリアである。
ミリアは設置した数式陣へと意識を集中し、唱えた。
「"ラジアン"!」
それは角度を示す数式だ。効果は単純で、その角度へとあらゆるものを向けさせやすくするだけの数式。普段なら無意味に等しいものである。
「"ダイン"!」
これも、小さな打撃を与えるだけの、いわゆる使えない数式だ。
だが、ミリアはやはり天才的であった。
数式陣が、歪む。
普通であれば円形か方形に組む数式陣が、螺旋を描いて少しずつずれているのだ。向きを操作しやすくするだけの数式が、小さな力を加えるだけの数式が、大地を波打たせ渦を作り上げる。
小さな動きは連鎖し、渦は回転を起こす。その回転の中心はロピタル。
ロピタルの見る世界が、――回った。
「――――!?」
まるで驚愕を表すように、悔しさを見せるように、天災は咆吼する。声は天まで響き、空へと消えていった。
もう、ロピタルは止まれない。曲がれない。戻れない。
天災は無理矢理に進路を変えられ、初めて襲撃を阻止されたのだった。
作品名:数式使いの解答~第二章 雪と槍兵~ 作家名:空言縁