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終わる世界

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 その音を聞いたとき、すぐに潮騒だとわかった。俺自身は聞いたことがなかったが、海に関することは記憶の中にいくらでもあるからだ。次に、俺は自分の耳を疑った。世界は消えてしまったのだから、いまさら潮騒が聞えるはずがない。そう思い、ここには何もないんだと言うことを確かめようとして音のするほうに向き直った。そして驚いた。
 光の海。とでも言えば良いだろうか。半透明で七色に光っていて、潮騒に似た、でもよく聞けば少し違う、澄んでいて心地よい音がする。
 しばらくの間、俺はその光の海に見とれていた。見るのは初めてなのに、懐かしい感じがする。だからか、声をかけられるまで、背後に人がいるのに気がつかなかった。
「こんにちは」
 俺は振り返った。
 男だった。黒い服、黒い髪。ほとんど背景に同化している。
「あんた、誰?」
 俺はありきたりだが重要な質問をした。
 男は薄く微笑をたたえていた。人当たりの良い、とも言えるが、どちらかと言うと何か企んでいそうな、裏のある笑みだ。
「私は“番人”です」
 男――本人が言うには番人――は微笑んだまま答える。番人って何の番人だろうと思ったが、その前に訊きたいことがあった。
「じゃあ、これは何だ?」
 俺は後ろの光の海を指差した。潮騒は変わらず響いていて、思わず眠ってしまいそうなほど心地いい。この男なら、不思議と懐かしい光の海のことを知っているのではないかと思った。
「“原初の海”」
 男は答えた。
「全ての始まりであり、終わりである場所です。安心してください。世界は無事“原初の海”に還りました」
 俺は光の海を見た。そうか。“原初の海”と言うのか。世界が無事に還ったというのも安心した。あれだけ静かな幕引きだったのだから、人間で言えば大往生ってトコロだろう。
「そうか、世界は本当に終わったんだな」
その事実が妙に実感を伴ってやってきて、急にしんみりとした気分になった。
「ええ、世界は終わりました。だからこそ、貴方は選ばなければなりません」
 俺が郷愁に浸っているのを知ってか知らずか、男は問うた。
「では貴方に問いましょう。新しい世界を創りますか? それとも、貴方も“海”へ還りますか?」
 男のその質問を聞いて、俺はついにこの時が来たかと思った。
 この質問に答えるためだけに、俺はずっと一人で待たされていた。相談できる者は誰もいない。それは誰にも頼らずお前だけで考えろ、ということらしいが、何でそれを考えなくちゃいけないのが俺なんだよ、と腹立たしかった。誰もそんなこと望んじゃいないし、頼んでもいない。なのに誰かが勝手にそう決めて、俺は抗議することもできずここにいる。
 だから、俺は俺の都合で決めることにした。どんな理由で世界を創ろうと俺の自由だ。
「やるよ、新しい世界を創る」
 俺はためらうことなくそう答えた。理由は簡単。好奇心だ。俺の前世には波乱万丈な人生を生きている奴が多いらしく、とんでもない大事・珍事を体験した記憶がわんさとあるが、『世界を創る』なんていう体験をした記憶はない。今の今までただ待つだけだったんだから、衝撃的な体験の一つや二つ、あったってかまわないじゃないか。
「わかりました」
 男はそう言って、静かに波打つ“海”へ向き直った。
「では、“門”を開きます」
 その声とともに、“原初の海”はゆっくりと動き出した。海は大きく割れ、逆巻き、巨大な アーチへと変わっていく。
 アーチは光に満ちていた。懐かしく、どこまでも温かい光。世界の素となる光だ、と俺は直感的に思った。
「私には理解できませんね」
 アーチを前にした俺の背後で、男は言った。
「いくら強く願っても、幸せなだけの世界は創れない。苦しみや痛みが待っているにもかかわらず、それでも幸せな世界を創ろうとするヒト(あなたがた)の意思が、私には解りません」
 皮肉ではない。心底不思議だと思っているようだった。
「そうかもしれねえ」
 俺は応えた。
「でも、だからって幸せな世界を望まないわけにはいかないだろ? 犯罪だらけの世界に住みたい奴なんていねーから。それに・・・・・・絶対的に幸福な世界なんて、きっとつまらないところだと思うぜ、きっと」
 正直に言うと、この台詞は俺が直接考え出した台詞じゃない。俺の前世の一人が言っていたことの受け売りだ。
 男はしばらく何も言わなかった。と言うより、考え込んでいるらしい。
「・・・・・・なんだよ。まだ解らねえって顔だな」
「ええ、解りません。私はこの“原初の海”の“番人”に過ぎませんから。ヒトでない私にヒトの考えることなど解りませんよ」
 至極あっさりと男は言った。あいかわらず、何かたくらんでいそうな笑みを浮かべて。
 俺はちょっとだけ苦笑した。こいつがヒトの考えることを理解できないように、俺もヒトではないというこいつが何を考えているか、一生解りそうにない。でもそれでいいのだ。これはきっと、俺が決めて俺が責任を負わなくちゃいけないことなのだから。“番人”は問いかけて見届けるだけで、助けたり手伝ったりしないのだ。
 けれど、一人で考えるんじゃない。一人で決めるわけでもない。俺には、何千、何万、何億という数えきれないほどの人間の記憶がある。俺は一人であって、一人ではないのだ。
 “世界の記憶”はこのためにあるのだから。

 俺はまたアーチに向き直った。アーチの中に満ちる光は、相変わらず温かい。あの光の中で、新しい世界は創られるのだ。
どんな世界になるかは分からない。どれほど幸せな世界を願っても、そこにヒトがいる限り幸せなだけの世界にはならない。
 でも、それでも願おう。幸せな世界を。この光のように温かい世界を。
 そして願わくは、来世は面白いものでありますように。
「いきますか?」
 “番人”に問いかけられて、俺はうなずいた。
 一歩一歩ゆっくりと、俺は光の中へ足を踏み入れていった。
作品名:終わる世界 作家名:紫苑