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終わる世界

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俺には前世の記憶がある、と言って信じる奴はたぶん少ないだろう。
前世と言っても一代前の分だけではない。何百、何千、下手すると何万人分の記憶がある。それこそ、原始的な食料採集生活をしていたころから、繁栄の時代を経て衰退に至る現代まで、様々な時代の、様々な立場の人間の記憶だ。あくまで記録ではなく『記憶』だから、忘れてしまっていることも多いが、それでも一人の人間が抱える記憶としては多すぎる量だろう。
 普通は前世の記憶を覚えてる奴なんて、まずいないらしい。まあ、当たり前だ。死ぬ瞬間何を考えて何を感じていたかなんて、覚えておきたい奴はいないだろう。俺の前世の中には人生に満足して心安らかに死んだ奴は少なくないけれど、同じくらい無念と後悔と憎しみの中で死んだ奴もいるからだ。死ぬ瞬間の記憶ほどタチの悪いものはない。

 ともかく、俺に前世の記憶――正しくは、様々な時代の様々な人間から見た“世界の記憶”というらしい――があるのには理由がある。とある大切な役割があるからだ。

『全ての生き物と同じように、世界にもまた、終わりがやってくる。これは決して覆らない掟である』

 そのことをはじめて知ったのはいつだったのか、正確には思い出せない。つい最近だったのかもしれないし、もっと大昔の事だったのかもしれない。ただ、最近と言っても一ヶ月前とか半年前とかじゃなくて、その百倍、いや千倍ぐらい昔のことではあるんだけれども。
とりあえず確かなのは、世界も生き物と同じようにいつか終わるものだということ。何故そうなるのかは俺には分からない。
 ある者は、神が定めたからだと言っていた。人が生まれ、死んでいくのと同じように、世界の終焉も神が定めたことであると。そいつはどっちかって言うと狂信的な奴で、神が定めた滅びなら謹んで受け入れるのが人の義務だ、とかいっていたものだから、そいつの熱のこもった“演説”を思わず笑い飛ばしたのを覚えている。じゃあ聞くけど、滅ぼしてどうするんだ? 自分達の居場所も一緒になくなるじゃないか。それって、どこにもいく当てがないのに自分の家を壊すようなもんだよ、と。
 だって神すらも、世界が創り上げた世界の一部にすぎないのだから。

 記憶と言うのはあやふやなもので、その後そいつがどうしたのかは覚えていない。そもそもこの記憶は俺自身のものじゃなく、何十代か前の奴の記憶だから当たり前か。
 ともかく、生き物が死ぬように、世界も終わるらしい。そしてその終わりは、もうすぐやってくるらしい。そこで俺は“最後の一人”として、とある選択をする。

 新しい世界を創るのか? それとも創らないのか? と言う選択を。

 はじめてそのことを聞いたときには驚いた。でも、そのことを含め色々なことを教えてくれたその人の顔があまりに真剣だったので、さすがに「お伽噺か何かか?」とは言えなかった。それに、本当だと信じざるを得ないと、その後にわかったから。
 そしてそのことを教えてくれた後、その人は死んだ。それ以来、俺は人に会ったことがない。
作品名:終わる世界 作家名:紫苑