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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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どうってことないさ・・ (3)

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男 女・・ 唄


今までに、何度歌っただろう・・

ギターかシンセの静かなアルペジオ・・
そして、
静かに歌い始める。

・・僕の愛する人、ずっと君に触れていたかった・・
時はゆっくりと過ぎるけど・・君は・・今でも僕のものかい?
そして、
・・僕は、きっと君の元へもどるよ・・

誰にも邪魔されたくない時。

当ても無く街に出て、
もうどうしようもなく切なくて・・
少なくなったとは云え、通りに寝るストリート・チルドレン

彼等の寝姿を、俺の心とダブらせる。

そして、明け方まで引っ切り無しの騒音の中、
何時、死んでやろうかとばかり考える。
一人じゃ面白くない。

肝っ玉の小さな奴だ。
一人じゃ死ねないから、
誰を道連れに、何時、死んでやろうか・・

「お前、日本人か?」

声を掛けたおっさんに連れられて、
何日ぶりかのまともな食事にあり付いた。

「こんな処で、まだ息をしてるって事は・・」

生きてるんじゃなくて、
生かされているんだ。
と、人相に似合わず、まともな事を言うおっさんだ。

小さな頃からの、一人遊びが役立った。

場末の飲み屋、おっさんの店。
そこで、
「まあ、客が胃のものは吐き出さないから・・」
程度の唄を歌う。

殆ど日本語だから、、
意味が分からないから、
自分の世界で歌える。

唯一の原語、
アンチェインド・メロディーは、深く俺を一人の世界に誘う。

何故か、それを歌うと、
騒めいていたフロアーは、静まり返る・・
と、おっさんが言う。

「お前、案外いい奴かもな・・」

当たり前だ。
悪人が悩むか!

弱くて・・どうしようもなく弱くて、
それよりも、もっとどうしようもない善人だから・・

目を閉じる。

歌う、・・・そして、 君は、まだ僕のものかい?・・

その歌詞を言う時、
必ず、
閉じた目に浮かぶ顔。

日によって、泣いていたり笑っていたり・・

俺は、その顔を・・その日のご機嫌を知りたくて、
毎日歌う。

やがて、俺は、
寝る前に必ず、『ありがとう』とその顔に言う様になった。






   ある 人生


ロートンの広い通り。
道路脇の植え込みの木陰を抜け、
古い石積みの建物の前を右に曲がる。

何時も赤土色の薄汚い水の流れる河。

その橋の途中で立ち止まり、
群生する浮草に目を遣る。

この濁った水を糧としても尚、
青々と輝き、時としてその水をも美しいと見紛わせる。

「早く行こうよ。」

その声で、俺は、ギラギラした焼ける様な陽射しに気付き、
空を見上げ、
そして、我に返る。

通りは、曲がる毎に細くなり、そして、
光度を落とす。

チャイナ・タウン。

おっさんの描いた、分かり難い漫画の様な地図を頼りに、ある一軒の店に入った。
こんな人目につかない店だなんて、
どうせ如何わしい処に決まっている。

「これで終わりだな?」

封筒を渡し、必要最低限のことしか言わなかった。

相手は、無言で頷き、
薄汚れた書類を裸で差し出した。

「帰るぞ。」

こんな処に長居は無用だ。
俺は、彼女の返事を待たずに外に出た。

親の病気を治す為に、
この娘(こ)は、何年身を沈めて働いたのだろう・・

「ありがとう、一緒に来てくれて・・」

その声に振り向く事もなく、
脚を速めた。

後ろを歩くお前の、此処までの人生を想った時、
そして、
これからまだ、生きねばならぬ事を想った時、

振り返って、
俺の涙を見せるべきかどうか・・

おっさんも憎い事を・・

「人生を見ろ。」
だって?

ふざけるんじゃない・・

こんな人生なんか、見たくもない!






   いかれた


モニュメントの傍に在るチャイニーズ・レストラン。

「こいつだよ・・」

その男に挨拶もしないで、椅子に腰を降ろすと、
俺を指さしながらおっさんが言う。

「あんた、何が楽しくて・・」

こんな奴の処で働いているんだ?、と問う。

隣の女性が、袖を引いて止めるのも意に介さず、
「こんな国に来る奴は、みんな何処かいかれてる。」
とも・・

まったく、その通りだ。
俺は、その男の言葉にニンマリと、自虐の気持ちも込めて笑った。
彼も、唇を歪めて笑った。

彼の営むプロダクション。
学校の教室ほどのスタジオ。
近付くと、スローなテンポの曲が聴こえる。

ドアを開けると、急にズンと腰に来る音。
床が、天井が、揺れている。
一人だけドラムの横で椅子に腰を掛け、
ベースを弾きながら、澄んだ高い声で歌う男を見ながら、

「奴もいかれた一人だ。」

他のメンバーが、それぞれ俺に挨拶まがいの笑みやお道化た仕草をくれる中で、
彼だけは、見向きもしない。
まるで自分だけの世界が其処にある様だ。

「・・・やっぱり、駄目か。上手く行かない・・」

歌い終わった彼の、最初の言葉。

そんな言葉などお構いなしに、
他のメンバーは、コークを飲み、ジャンク・フードを口に・・

「もう一回頼む・・」

汗を拭いて、
カウントが始まる。
静かな調子で、イントロ。
だが、彼はなかなか歌い始めない。
ひたすら、単調なベースのフレーズをを奏でる。

やがて、その単調なリズムに皆が魅かれたように・・
ギターも、シンセも、アドリブを採り始めた。
そして、
始まった彼の歌は、

決して俺の邪魔をせず、鮮明に、懐かしい人達ひとりひとりを俺に思い出させた。
歌が止んだ。

「ありがとう・・」

彼は、メンバーにそれだけ言って、黙って部屋を出た。

いかれた彼、少し興味のあるいかれ方・・
どの程度いかれているのか・・知りたいと思った。

プロダクションの事務室で見た彼は、本当にいかれていた。






   出会い


その男は、本当にいかれていると思った。

だが、人間、とことんいかれたなら、これもまた素晴らしい。
そうも思う。

プロダクションの二階の事務室。

「一番のバカ野郎だ。」

窓際に座るいかれたバカ野郎を、
オーナーが紹介した。

彼は、ちらりと俺を見て、
窓枠に置いた手を僅かに上げた。
そしてまた、通りに目をやって、煙草の灰をポンポンと・・

オーナーは、俺の事を彼に話す。
彼は、聴いているのかいないのか・・

ずっと窓の外を見続ける。
お構いなしに話し続けるオーナー・・

「まあ、そんな奴だそうだ、この若いあんちゃんは。」
(・・まあ・・この人達から見れば・・若い・・か。)

時折出入りするタレントやミュージシャン、
無言のいかれたバカ野郎に挨拶をする。
そして、
そのついでに、
俺を盗み見る。

随分長く時間をかけて、
オーナーは、次から次へと、様々な話をする。
しかし、一方通行だ。

いかれたバカ野郎は、聞いているのか、いないのか・・
オーナーの声に頷かず、
一度たりともこちらを見ない。

「あんた、うちに来るかい?」

話し疲れたオーナーが静かになった時、
いかれた彼が、ポツリと俺に言った。

俺は、無言でオーナーを見た。

オーナーは、信じられないとでもいう風に、
少々大袈裟に、
俺と、いかれた彼を交互に見る。

その間に、
事務室の戸口まで行った彼は、
立ち止まって俺を待っている。
そして、

「お帰り・・」