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夜から研究所というのは口から出まかせ。信親がこの話題に疎く、掘り下げてこなかったことが救いだった。嘘がつけるようになったと信親に言ったら喜ぶだろうか。隠し事をできるようになったと言ったら、なんて言うだろう。
誰もいない公園のベンチに、秋桜はたった一人腰かけていた。お世辞にも立派とは言えない噴水の周りに、自分と同じ名前の花が咲いている。最近、どこに行っても見かけるな、と思った。今にも折れそうな細い体は、自分には似ても似つかない。
信親が出て行ってから、入れ違いに由規男と冬美が帰ってきた。由規男はやはり着替えだけをとってすぐに会社に向かったし、冬美は信親の部屋に駆けつけて大騒ぎしていた。
冬美につかまった秋桜は、信親は奈津子と出かけたのだと素直に教えてやった。あの女、とヒステリックにきぃきぃ叫ぶ冬美をほったらかして、研究所に行くと嘘をついて家を出た。
それから五時間ほどだろうか。
今はただ、こうしてベンチに座っている。
「あら。絶対私の方が早いと思ったんですけどね。いつからいるんですか。」
足音もしなかったが、気づくとおとといの少女が隣に腰かけていた。
「お昼。」
「変な人。」
千春はくすくすと笑って左手を差し出した。
「初めまして。」
「白々しいな。わかってるんだろ。」
「ふふ。」
千春は手を引っ込める。
「どうしてわかったんだよ。」
「金属の反応がしたからですよ。」
少女は携帯電話を目の高さまで上げるとストラップを揺らして見せた。いまどき珍しい、折り畳み式の携帯電話だった。ストラップは三つついていて、一体どれが金属探知機なのかは判別がつかなかった。
「そんなもの、なんに使うんだ。」
「秋桜さんと信親さんの区別をつけるためです。」
 冗談なのか本気なのか、分からなかった。
もう、日は落ちてきて、辺りは薄暗い。一気に気温が落ちた。公園の噴水も、止まってしまった。コスモスだけが風に首を振っている。
静かな、時間。
「それで、何の用。」
「あなたは、気づいていませんか。」
千春は、質問に質問で返した。秋桜は首を傾げてみせる。高度な会話だな、と思った。
「そういうところなんですけどね。」
「何のことかわからない。」
「あなたは特別製ですよ。」
「それは、気づいている、というよりも知っている。」
ふぅ。
千春はため息をついた。気分の高揚を落ち着かせようとしていた。
「目的はなんなんだ。」
「欲しいものがあるんです。」
「俺のもの?」
「いえ。」
千春の瞳は強い。まっすぐに秋桜をとらえた。
「じゃあ、俺には関係ないな。」
秋桜は目を逸らす。千春はニヤリ、と口角を釣り上げた。
「協力してくれないというなら、こっちにも考えがあるんですよ。」
「脅迫かよ。」
なんとでも言ってください、と千春は笑った。
「初めから脅しだって言ってるじゃないですか。」
虚勢を張っているみたいな、寂しい横顔に見えた。
今度は秋桜がため息をついた。公園の反対側の入口に自転車を引っ張って二人の高校生が入ってきたのをぼうっと見る。
「それはどのくらい困ってるんだよ。」
え、と千春は拍子抜けして秋桜の方を向いた。秋桜と目が合う。
「俺じゃなきゃできないことか。」
千春はこくりと頷いた。
「話はよくわからないけど、残念ながら城崎があちこちで恨みを買ってるのも知ってる。あんたもその一人なんだろ。俺がちょっと手伝って、あんたがすっきりして、俺の周りの人間が傷つかないって言うならちょっとぐらい手は貸す。」
「話が早い。」
どんな手を使っても無理やり引き込もうと思って来た。データを書き換えてやろうかとも思った。こんな結果になるなどということは千春自身予想していなかった。
「で。俺は何すればいいわけ?」
「データを取らせてください。」
「はぁ!?それいいっていうと思ってんの。」
「思ってません、けど。協力するって言ったばっかりですよ。」
う、と声を詰まらせて秋桜は頭を抱えるしぐさをする。
「城崎は自社ヒト型パソコンの製造過程もデータの内容も、スペックもまったく公表していません。」
「で、俺から搾り取って城崎との交渉の材料にしようってか。」
「三十点。」
「それ、何点満点?」
「百ですよ。」
低いな、と秋桜は笑った。秋桜はひらめく。
「誘拐する、とかどう?」
「秋桜さんを?」
「いや、のぶを。」
どうして、と千春は首を傾げる。
「で、返してほしければパソコンの情報をよこせ、て。」
「大ニュースになってもよければそうします。」
秋桜は、また、う、と声を詰まらせた。俯いて、次の案を考えてみることにする。
「おとなしく、協力してください。そうしたら、あの異常なまでの信親さんの城崎への縛りを緩める手伝いもしますから。」
秋桜は顔を上げた。そんなことも知ってるのか。
「それに、秋桜さんじゃなければだめなんですって。」
「なんでだよ、俺なんか十年以上前の初期型だぞ。それに、ほかの人型パソコンの情報を持ってくることもできる。俺より簡単に交渉できる奴もいるだろう。」
「いつも最新じゃないですか。ハイスペックなのは知ってますよ。」
「なんで知ってんだよ。」
「まぁまぁ。私も何も知らないでここにいるわけじゃないんですよ。」
それに。
「言ったじゃないですか、あなたは特別製なんだって。他のパソコンは持っていないものが、あなたにはあるんですよ。」
千春は、秋桜の心臓のあたりを握ったこぶしで、優しく二度小突いた。秋桜は不審そうにその様子を見ていた。
「必要なのはそれです。わたしは、知りたいことがある。」
秋桜は、全く話の流れが分からないでいたけれど、なんとなく、千春を信親に重ねてしまう自分がいた。たった一人で、いつも問題を抱えていて、いつも首を突っ込んで、どんなときも笑っている、あの姿に見えた。自分が力になれることがあるのなら手を貸してやろう、という気持ちにさせる何かを彼女たちは持っているようだ。
「なぁ。」
千春がうつむいていた顔を上げる。
「俺も協力するって言ったし、見返りとして、教えてほしいことがあるんだけど。」
「なんですか。」
「俺の大切なものってなんだ?」
千春は一度首を傾げて、ああ、と頷いた。
「脅しですから。意味なんてありません。」
言ってみただけです。
ふふ、と千春が小さく声をあげて笑った。
なんだよ、それ。秋桜はがっくりと肩を落とす。
「私は、」
千春が笑いながら朗らかな声を上げた。
「もう、答えは出ていると思うんですけどね。」
秋桜と千春はそれきり、別れるまで口を利かなかった。
二人で静寂を共有して、メールアドレスを交換して、そして静かにさようならをした。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃