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九月十三日(日)



朝起きると、母親からのメールが届いていて、午後に帰るという内容だった。顔を合わせる用事もないし、顔を合わせたいとも思わなかったので、二人が帰ってくる前に外出したいことを奈津子に告げると、彼女はいいですよ、と言ってくれた。両親が帰ってきたところに鉢合わせれば、外出することを引き止められて、説得しているうちに気づいたら日が暮れてしまうに違いない。
信親は、昼食も外で済ませましょうか、という奈津子の提案に賛成した。奈津子は一旦自分の家に帰るというので、十一時に正門前で待ち合わせという約束にした。
 正直なところ、特に外に出てやりたいことはない。外出禁止令が出ていなくても、どこにもいかなったかもしれないが、秋桜と奈津子の厚意が嬉しかったし、何より面倒な親に会わなくてよい時間が増えるのだから、連れ出してもらわない手はない。
十時五十三分。玄関で信親がスニーカーの紐を結び、つま先で地面をたたいているところに、秋桜がやってきた。
「あれ、あき。今日は研究室じゃないの?」
信親は首を傾げた。本社の研究室に用があるときはいつも朝一番に、黒い本社の公用車が迎えに来て、秋桜はそれに乗っていく。
「今日は、夜からなんだ。」
ふぅん、と信親は鼻を鳴らす。あまり聞いたことがない。
「珍しいね。」
「そうか?」
そうだよ、と言いながら、信親がぎゅっと蝶結びの輪っかを両側に引っ張った。事情は知らないので、それ以上口をはさむつもりはない。
秋桜は、ポケットから、黒い板を取り出して、差し出す。
「忘れ物。」
スマートフォンだった。
「あ!ありがとう。」
信親は、秋桜からスマートフォンを受け取ると、ジーンズのポケットにねじ込み、財布と腕時計を確認する。
「よし!じゃあ、行ってくるね。」
「おう。気を付けて。」
信親が玄関の扉に手をかける。
「あ、待って、のぶ。」
信親はゆっくり振り返って首を傾げた。
「明日から、また学校行っていいって。それを言いに来たんだ。」
「え。ほんと?早いね。」
信親は唇をとがらせて難しい顔をした。何が起きているのかさっぱりわからない。息子が出張に行っていない、その寂しさを奈津子で埋めるために、彼女の仕事を作っただけの、繁親の気まぐれだったのではないかと思う程だ。
「嬉しくなさそうだな。」
「あき、難しいこと分かるようになったね。」
ふふっと笑って、信親が手をかけていた扉のノブに力をこめて、回した。扉が開くと、薄暗い玄関が一気に光に包まれた。外はとてもいい天気だ。
「行ってらっしゃい。」
信親はまた振り返って、小さく右手を挙げると、扉を閉めて出て行った。
難しいこと、か。学校に行けることを告げれば、きっと信親はもっと笑うと思ったのに。
秋桜は腕組みをする。これは考え事をする時の信親の癖と一緒だ。
余計なこと、したかな。
人の心は、分からない。十年以上一緒にいる信親のことだってわからないのに。
身につくのは、ただ、人間”らしい”仕草だけ。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃