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靴を履きかえて、建物の外に出る。校門を抜けると、中学生が歩いていた。授業が終わってすぐ帰ると、時々中学生の波にのまれることがあった。そういう時間帯なのだ。秋桜と信親が通っていた中学校の制服とは違う。二人は公立中学に通っていたが、近くに私立の中高一貫校があることは知っている。きっとそこの生徒たちだろう。
校門を出て、左に折れる。ところどころはがれて、さびた金属を晒す、くすんだ緑色のフェンスの向こうのグラウンドでは、ユニフォームに着替えたサッカー部員たちがまばらに集まって、ボールやらコーンやらを準備し始めている。
「今日は、お一人ですか。」
よく通る少女の声が、秋桜の聴覚をまっすぐ射抜いた。進行方向に視線を戻すと、先ほど通り過ぎて行った一団とはまた違った制服を着た女の子が一人で立っていた。高校生ではないように見える。
「君は?」
どうせ、のぶのファンとか言い出すんだろ。
「中山千春です。秋桜さんですよね。」
目的が、のぶじゃない。
これは意外。
秋桜は首を振る。
「僕は、信親。あきは、今日はお休みだよ。」
「どうして?」
「気分が悪くて。」
千春は笑い出した。
「どうしたの?」
「気分が悪い、なんて。」
千春の笑い声はやまない。そんなに面白いことを言っただろうかと、秋桜は会話を反芻する。
「まるで人間みたいですね。」
秋桜は、千春を睨み付けた。
「どういうこと。」
「秋桜さんに、明後日、日曜日の午後六時に、柿ノ木学園前の公園に来てほしいと伝えてもらえますか。」
千春は、秋桜の問いには答えなかった。秋桜は、ただ首を傾げるだけ。
「行かないよ。」
「ふふ。秋桜さんを、呼んでくださいね。」
「君の名前を伝えれば、あきは、分かるの?」
秋桜は、分かるはずがない、と思いながら訊ねた。事実、秋桜には心当たりがない名前だ。
「分からないと思います。」
「あのさ、」
「わたし、こういうのあんまり好きじゃないんですけど。」
にこやかだった千春の表情が変わる。突きつけられたのは、一枚の写真だ。幼いころの秋桜と信親の写真。二人とも、幼稚園の帽子をかぶっている。
「なんで、こんなもの、君が?」
「驚きましたか。でも、本当に見せたいのは、こっちです。」
幼い秋桜が、たくさんの線に繋がれて、眠っている写真だった。眠っているのではない。起動していないだけだ。腹にむき出しの金属の部位があり、へそのあたりが開かれ、電子回路が見えている。秋桜は、この写真の場所が今も自分が通っている城崎電機本社の研究棟の一号室だと分かった。わかったところで、何も言えない。おそらく本物だろうという確信が秋桜にはあった。自分の持っている画像データを検索した。残念ながら、八枚ヒット。三枚が相似率五十パーセントを超えた。うち、一枚は相似率が九十九パーセント超。
「これは、何?」
千春が、口元に手を当て、目線を空に向ける。首を傾げて少し考えるようなそぶりを見せてから、はっきりと言った。
「脅しです。」
そうじゃない、と秋桜は言う。
「なんで、君が、こんなもの。」
「城崎のトップシークレットなんですよね。」
勝ち誇ったように、千春は顎をあげる。
「私の言うこと、聞いてくれますね。」
もう、選択の余地はない。
秋桜は、頷いた。
「伝えておくよ。」
「このことは秘密にしてください。お互いのためにも。待ってますね、あなたが来るの。もしも来なかったら、大切なもの失うことになりますよ。」
ふふふ。
千春は秋桜とすれ違うように歩きだし、去っていく。靴の音が遠ざかる。秋桜は、立ち尽くした。
考えてみる。突然の外出禁止令。それから、千春。
これは本当に、何か危ないことが信親の身に起きるのかもしれない。
早く、信親の元へ行って、その安全をこの目で確かめなければいけないような気がした。
よろよろと、歩き出す。
右足。左足。
右足。左足。
リズムが段々と早くなる。早く、早くたどりつきたい。この焦りがそのまま速度になったら、光より早いかもしれないのに。
大切なもの。
走りながら、秋桜は考える。
大切なもの。
いつもならすぐに答えが出るのに。
秋桜にたくさんインストールされている辞書も、検索エンジンも、何も教えてくれない。

大切なもの。

秋桜は考える。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃