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いずみ なつき
いずみ なつき
novelistID. 38365
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空が泣いている夜

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私は雨が好き。
 特に雨の夜はよくドライブに出かける。近所のコンビニの無駄に広い駐車場の裏で、煙草をゆらゆらと煙らせながらカーステレオから流れる音楽に耳を傾けていた。
煙草を吸うのは嫌い。だけど、匂いが好き。
あのひとの匂い。セブンスターの香り。
 さっきまでざんざん降りだった雨は小振りになり、それでもワイパーは忙しく働いている。
ライトがつけっぱなしになっていたのに気づいて私はシートを起こそうとふと横を向くと
窓ガラスでは雨粒がきらきらとこんぺいとうのような色で微笑んでいる。
私はなんだか急に恥ずかしくなって窓をタオルで拭く。
あのひとといまでも別れられずにいる私を嗤っている。雨粒でさえ嗤っている。
そう思ってしまった。重傷だ。
雨粒は微笑んでいるのに。いや、嗤ったりなんかしない。微笑んでさえいない。
私は頭を二度振ると、さっさとシートを起こしてライトを消す。
 ワイパーがふいてもふいても、新しい雨粒が踊る。
私は人生ってとことん救いの無い小説のようだと思う。
面白くも何ともない、寂しくて悲しいだけの、そうこの雨のよう。
 私は雨が好き。
だけど、雨の日にひとりでいられるほど強い女じゃない。
あのひとはそれをしっている。知っていて私に糸をまいていく。
じわり、じわり、と私が死んでしまいそうになる。

 強い車のライトがルームミラーにまぶしいくらいに映り込む。
真後ろに止まった。よく見なくても誰かはわかる。
あのひとだ。
私はそれでも糸を巻かれに行く。
巻いてください、と会いにいく。
もうそれは、中毒のようなものだ。
車を降りると、あのひとが傘をさして難しい顔をしている。
「私はずぶぬれでもかまわない。あなたの傘に入ろうだなんて思ってない。最初から」
嘘。うそうそうそ。
私はいま、とてつもない嘘をついている。
胸がぎゅうっとつぶれそうにいたくなる。
小振りだった雨はまた激しくなってくる。
ワイパーはこんなときも一生懸命、雨をかき分ける。
あのひとの車はライトがついたまま。
あぁ、私たちには時間がない。
ほどけた糸。
私はもうどこへいこうとしたのかさえわからなくなる。
私の髪の毛からすぐに雨粒がしたたり始める。
服がずぶぬれになる前に、もうあのひとは車に乗って走り出す。
私は傘が欲しかった。
誰の傘でもなく、あのひとの。
最後まで言えなかった。言えるはずが無かった。
あのひとには家族がいる。

 「大丈夫ですか?」駐車場の裏にゴミを捨てにきたと思われる若いアルバイト店員のような男の子が傘を差し出しだす。
しかしすぐに差し上げますよ、と小走りに消えてしまった。
と、思ったら店の壁からひょこっと顔を出す。
「こんなに雨降ってると、慰めたくなりますよね。」
私は小首をかしげ「何を?」と思わず聞き返す。
「泣いている空を!」
すごく明るい笑顔で空を指差す。
店の中で客が不機嫌な声を上げる。
男の子はすぐに店の中へ走っていく。
ふと見上げると蛍光灯が点滅して、切れている。
その上に蜘蛛の巣が雨にぬれてきらきらと輝いている。
雨が上がったら、この傘を届けにこよう。
そう思ったらなんだかおかしくなって笑い出してしまう。
彼とはゆっくり話をする必要がありそうだ。
少なくとも自分の方には。

 私は雨が好き。
そして雨の夜はこの事を思い出そう。
そうすればきっと、一人でいてもあのひとを思って泣いたりしない。
そんな気がするから。