ななつのお祝い
「わたし、お姫様みたい」
みさが振り袖を広げて、くるりと回ると、かんざしの鈴がちりんと鳴りました。
今日は11月15日。七五三の日です。もうすぐ7歳のみさは、お宮参りに行くためのしたくをしています。
「ほらほら、じっとしてもうすぐだから」
帯締めを手にしたお母さんが、みさの両肩をつかんで、自分の方に向けました。
「みさはおばあちゃんに似ているから、この着物が似合うわね」
お母さんは、仏壇のおばあちゃんの写真に目をやりました。この着物はおばあちゃんが子どもの頃に着たものです。白地に赤やピンクの大輪のボタンの花が咲き乱れて、金や銀のちょうちょうがとんでいるもようです。
最初にこの着物をゆずってもらったのはお母さんでした。お母さんは軽くため息をついていいました。
「お母さんはお宮参りの日に、水疱瘡になっちゃって、着られなくて残念だったわ」
おばあちゃんはそのことを気にしていて、みさがこの着物を着るのをとても楽しみにしていました。そうしてみさに、自分のななつのお祝いの時のことを何度も話して聞かせました。でも、おばあちゃんは三ヶ月前に、病気で急に死んでしまったのです。
「さあ、これを胸にはさんでおしまいよ」
お母さんは、きれいな西陣織の布でおおわれた平べったい箱を手にしました。
「なに? これ」
「これははこせこっていうのよ。お化粧ポーチみたいなもの」
「中に何が入ってるの?」
「空っぽよ。今はただの飾りなんだから」
それでもみさは中身が気になって開けてみました。すると、中から古くて黄ばんだ紙が出てきたのです。
「なにこれ?」
そうとう古い紙です。うすく文字のようなものが書いてありますが、読めません。
「きっと、昔、おばあちゃんがいたずらしたのよ。おばあちゃんに返しましょう」
お母さんは笑いながら、仏壇にその紙をのせました。
「あ〜あ、疲れちゃった」
お宮参りのあと、ホテルの広間でお祝い会が開かれました。
この町では、数え年七歳のお祝いに近所の人たちや親せきの人たちを招待して、お披露目をするならわしがあるのです。
「もう、わたしのお祝いなのに、お酒ばっかり飲んで、大人が騒いでるだけじゃない」
すっかり疲れたみさは、ふとんにはいるとすぐに寝入ってしまいました。
真夜中にだれかに呼ばれているような気がして、みさは目を覚ましました。
「こっち、こっち」
声は外から聞こえます。みさはそうっと庭に出てみました。
「ああっ」
みさはびっくりしました。目の前の景色がまったくちがうのです。ほんとうなら、たくさん家があるはずなのに、黒々とした林になっているではありませんか。
「こんばんは、みえちゃん。今日はわたしのななつのお祝いなの」
どこから現われたのか、振り袖を着た女の子が笑って言いました。それもみさが昼間着ていたあの着物です。
「わ、わたし、みさよ。それにその着物は」
みえというのは、おばあちゃんの名前です。女の子はかまわずに、みさの手を取って、林の中へ連れて行きました。
林の中にはテーブルが置かれ、何人かの大人と、子どもたちがいました。
みさは女の子と並んで座りました。
「この間、みえちゃんのお祝いのとき、おしるこをごちそうになったから、今夜はそのお礼よ。招待状をわたしたでしょ?」
「え? おしるこ? 招待状って?」
「ほら、ここにいれたでしょ。その時、この着物を貸してくれるって」
女の子は胸元から、はこせこを抜き取りました。中にはちゃんと紙が入っています。
「これよ」
女の子はにっこりしました。
おもちの焼ける匂いがしてきました。大きなおなべにはおしるこが煮立っています。
みさはおしるこをごちそうになりました。周りにいる子どもたちもみんな、うれしそうにおしるこを食べています。
「みえちゃん。わたし、おしるこをごちそうになって、とってもうれしかった。約束したからずっと待っていたのよ」
「わたし、みえじゃないわ」
「何言ってるの、この着物着ていたでしょ。みえちゃんよ」
女の子の目にうっすらと涙が光りました。
みさはおばあちゃんの話を思い出しました。
『昔はね、近所の子どもたちにおしるこをごちそうしたものよ』
おしるこをふるまう行事は、今ではもうすっかりすたれていました。
『おばあちゃんはねえ。そのころとってもなかよしの子がいたの。その子のお祝いの時は着物を貸してあげるって約束したのよ』
でもそのあと、おばあちゃんは引越してしまって約束ははたせなかったのでした。
『おばあちゃんがここにまた戻ってきたのは、大人になってからだったから、あの子に悪いことしたわ』
おばあちゃんの悲しそうな顔が浮かびました。
(じゃあ、この子は……)
みさはその子におばあちゃんのことを聞いてみようとしました。けれど、もう一度女の子の方をみると、女の子も、まわりにいた子どもたちの姿も消えていました。
気がつくと、みさはふとんの中でした。朝の光が差し込んでいます。着物は昨日脱いだとき、お母さんがしてくれたように、長押にきちんとかかっていました。
「夢だったのかなあ」
それでも、おいしいおしるこの甘さがはっきりと思い出せるのです。それに、お腹がいっぱいで、朝ご飯も食べられませんでした。
「まあ、熱っぽいんじゃない? 今日は幼稚園お休みして、一日寝ていなさい」
お母さんはみさのおでこに手を当てました。たしかに少し熱があります。昨日の疲れが出たのでしょう。みさは自分の部屋で布団に入ると、すぐに眠り込んでしまいました。
「みえちゃん、みえちゃん」
いつのまにか、あの女の子が来ていました。
「みえちゃん、きのうはありがとう。またあえてうれしかった」
そういって笑いながら姿を消しました。
みさは、急いで仏壇の部屋に行きました。そして、昨日仏壇にのせた古い紙を手に取りました。
その時、どこからか強い風が吹き込んできて、その紙をとばしました。
「あ」
窓から飛んでいった紙を目で追うと、外の景色が、昨夜見たような林になっていました。
そして、そこには二人の女の子が楽しそうに遊んでいる姿があったのです。みさは思わずにっこりして二人を見つめました。
「まあ、みさ。なにしてるの」
突然お母さんの声がしました。はっと気がつくと、窓の外の景色はもとどおり、たくさんの家が並んでいます。
われに返ったみさの耳に、かすかに声が聞こえました。
(みさちゃん、ありがとう)
「もう、寝てないとなおらないわよ」
お母さんはみさを部屋へ追いたてます。
「お母さん。お家の周りが林だったの」
「はいはい、お熱で夢を見たのよ。今、ミルクを温めてあげるわ」
お母さんはみさのいうことをまじめに聞いてくれません。
「ミルクより、おしるこがいい」
みさはむっとしていいました。お母さんは、やれやれという顔でいいました。
「わかったわ。すぐには作れないから、インスタントのでいいでしょ。今、買ってきてあげるわ」
お母さんはみさにふとんにもどるように言うと、近くのコンビニに行きました。
みさは急いで、仏壇の脇の押し入れから、おばあちゃんのアルバムを引っ張り出すと、部屋にもどりました。
みさが振り袖を広げて、くるりと回ると、かんざしの鈴がちりんと鳴りました。
今日は11月15日。七五三の日です。もうすぐ7歳のみさは、お宮参りに行くためのしたくをしています。
「ほらほら、じっとしてもうすぐだから」
帯締めを手にしたお母さんが、みさの両肩をつかんで、自分の方に向けました。
「みさはおばあちゃんに似ているから、この着物が似合うわね」
お母さんは、仏壇のおばあちゃんの写真に目をやりました。この着物はおばあちゃんが子どもの頃に着たものです。白地に赤やピンクの大輪のボタンの花が咲き乱れて、金や銀のちょうちょうがとんでいるもようです。
最初にこの着物をゆずってもらったのはお母さんでした。お母さんは軽くため息をついていいました。
「お母さんはお宮参りの日に、水疱瘡になっちゃって、着られなくて残念だったわ」
おばあちゃんはそのことを気にしていて、みさがこの着物を着るのをとても楽しみにしていました。そうしてみさに、自分のななつのお祝いの時のことを何度も話して聞かせました。でも、おばあちゃんは三ヶ月前に、病気で急に死んでしまったのです。
「さあ、これを胸にはさんでおしまいよ」
お母さんは、きれいな西陣織の布でおおわれた平べったい箱を手にしました。
「なに? これ」
「これははこせこっていうのよ。お化粧ポーチみたいなもの」
「中に何が入ってるの?」
「空っぽよ。今はただの飾りなんだから」
それでもみさは中身が気になって開けてみました。すると、中から古くて黄ばんだ紙が出てきたのです。
「なにこれ?」
そうとう古い紙です。うすく文字のようなものが書いてありますが、読めません。
「きっと、昔、おばあちゃんがいたずらしたのよ。おばあちゃんに返しましょう」
お母さんは笑いながら、仏壇にその紙をのせました。
「あ〜あ、疲れちゃった」
お宮参りのあと、ホテルの広間でお祝い会が開かれました。
この町では、数え年七歳のお祝いに近所の人たちや親せきの人たちを招待して、お披露目をするならわしがあるのです。
「もう、わたしのお祝いなのに、お酒ばっかり飲んで、大人が騒いでるだけじゃない」
すっかり疲れたみさは、ふとんにはいるとすぐに寝入ってしまいました。
真夜中にだれかに呼ばれているような気がして、みさは目を覚ましました。
「こっち、こっち」
声は外から聞こえます。みさはそうっと庭に出てみました。
「ああっ」
みさはびっくりしました。目の前の景色がまったくちがうのです。ほんとうなら、たくさん家があるはずなのに、黒々とした林になっているではありませんか。
「こんばんは、みえちゃん。今日はわたしのななつのお祝いなの」
どこから現われたのか、振り袖を着た女の子が笑って言いました。それもみさが昼間着ていたあの着物です。
「わ、わたし、みさよ。それにその着物は」
みえというのは、おばあちゃんの名前です。女の子はかまわずに、みさの手を取って、林の中へ連れて行きました。
林の中にはテーブルが置かれ、何人かの大人と、子どもたちがいました。
みさは女の子と並んで座りました。
「この間、みえちゃんのお祝いのとき、おしるこをごちそうになったから、今夜はそのお礼よ。招待状をわたしたでしょ?」
「え? おしるこ? 招待状って?」
「ほら、ここにいれたでしょ。その時、この着物を貸してくれるって」
女の子は胸元から、はこせこを抜き取りました。中にはちゃんと紙が入っています。
「これよ」
女の子はにっこりしました。
おもちの焼ける匂いがしてきました。大きなおなべにはおしるこが煮立っています。
みさはおしるこをごちそうになりました。周りにいる子どもたちもみんな、うれしそうにおしるこを食べています。
「みえちゃん。わたし、おしるこをごちそうになって、とってもうれしかった。約束したからずっと待っていたのよ」
「わたし、みえじゃないわ」
「何言ってるの、この着物着ていたでしょ。みえちゃんよ」
女の子の目にうっすらと涙が光りました。
みさはおばあちゃんの話を思い出しました。
『昔はね、近所の子どもたちにおしるこをごちそうしたものよ』
おしるこをふるまう行事は、今ではもうすっかりすたれていました。
『おばあちゃんはねえ。そのころとってもなかよしの子がいたの。その子のお祝いの時は着物を貸してあげるって約束したのよ』
でもそのあと、おばあちゃんは引越してしまって約束ははたせなかったのでした。
『おばあちゃんがここにまた戻ってきたのは、大人になってからだったから、あの子に悪いことしたわ』
おばあちゃんの悲しそうな顔が浮かびました。
(じゃあ、この子は……)
みさはその子におばあちゃんのことを聞いてみようとしました。けれど、もう一度女の子の方をみると、女の子も、まわりにいた子どもたちの姿も消えていました。
気がつくと、みさはふとんの中でした。朝の光が差し込んでいます。着物は昨日脱いだとき、お母さんがしてくれたように、長押にきちんとかかっていました。
「夢だったのかなあ」
それでも、おいしいおしるこの甘さがはっきりと思い出せるのです。それに、お腹がいっぱいで、朝ご飯も食べられませんでした。
「まあ、熱っぽいんじゃない? 今日は幼稚園お休みして、一日寝ていなさい」
お母さんはみさのおでこに手を当てました。たしかに少し熱があります。昨日の疲れが出たのでしょう。みさは自分の部屋で布団に入ると、すぐに眠り込んでしまいました。
「みえちゃん、みえちゃん」
いつのまにか、あの女の子が来ていました。
「みえちゃん、きのうはありがとう。またあえてうれしかった」
そういって笑いながら姿を消しました。
みさは、急いで仏壇の部屋に行きました。そして、昨日仏壇にのせた古い紙を手に取りました。
その時、どこからか強い風が吹き込んできて、その紙をとばしました。
「あ」
窓から飛んでいった紙を目で追うと、外の景色が、昨夜見たような林になっていました。
そして、そこには二人の女の子が楽しそうに遊んでいる姿があったのです。みさは思わずにっこりして二人を見つめました。
「まあ、みさ。なにしてるの」
突然お母さんの声がしました。はっと気がつくと、窓の外の景色はもとどおり、たくさんの家が並んでいます。
われに返ったみさの耳に、かすかに声が聞こえました。
(みさちゃん、ありがとう)
「もう、寝てないとなおらないわよ」
お母さんはみさを部屋へ追いたてます。
「お母さん。お家の周りが林だったの」
「はいはい、お熱で夢を見たのよ。今、ミルクを温めてあげるわ」
お母さんはみさのいうことをまじめに聞いてくれません。
「ミルクより、おしるこがいい」
みさはむっとしていいました。お母さんは、やれやれという顔でいいました。
「わかったわ。すぐには作れないから、インスタントのでいいでしょ。今、買ってきてあげるわ」
お母さんはみさにふとんにもどるように言うと、近くのコンビニに行きました。
みさは急いで、仏壇の脇の押し入れから、おばあちゃんのアルバムを引っ張り出すと、部屋にもどりました。