鏡よ鏡
そして今日。
私は悲鳴をあげた。
ついに妹の顔が映っていたのだ。それは実物の妹よりも数倍きれいだったのである。
いや、それはある程度予想できていたのだけど、大声を出したのはそうじゃない。私の姿も久しぶりにちゃんと映っていて、その顔が相当ブサイクだったからだ。
驚いて、私は洗面所から出てひとしきり喚き散らした。
なんだ?
なんだ?
なんで?
ついさっき、少し冷静になって、もう一度鏡を見に行った。見に行かざるをえなかった。
あることに気が付いた。妹の顔はもちろん私に似ているのだが、鏡に映る彼女はいつもより私に似ていたのだ。
これはどういうことだと、また少し考えた。そして一つ、嫌な考えが閃いてしまった。
あの像の妹には、私のパーツが混ざっているんじゃないか。
何度も見たいものじゃないが、さらにじっくりと確認する。
……。
ああ、やっぱりそうだ。私が妹より勝っていると思っている顔のパーツが全て、妹のものになってしまっている。
この鏡は、鏡に映る人の良いパーツを盗んで、それを自分が一番お気に入りの人にはめこんでいっているのだ。
今までも顔を盗っていたのだろう。そして私が一番だったからその恩恵を得ることができていた。でも鏡の思い人が妹になったからこういう事態になった。
なんとも健気な鏡じゃないか。こんなものは妹にプレゼントしなくては胸糞悪い。用が終わったからだろう。外せないという気持ちがなくなっていた。割ろうとする気にさせないのが余計腹立たしい。くそ。
あ、と、そこで私はあることに思い至った。
まさか。
急いで居間に戻り、テーブルの上に置いてある手鏡をのぞく。
私は再び悲鳴をあげた。
そこには、さきほどのブサイクな私が映っていたからだ。
「まさかホントに……? あの鏡じゃないのに……」
茫然と呟いた私は、我に返って家中の鏡をのぞきこんだ。
どの鏡にも、元の私は映らなかった。そこには、醜い私が驚愕の表情をして映っているばかりだった。
唐突に私は納得した。どうして恋人たちが、私の家に来てから別れを告げるようになったのか。
彼らは鏡をのぞいた。あの美人の友達もそうだ。うちでだけ、彼らの顔が実物以下に映るのなら良かったのかもしれない。
そう言えば彼女のことを、私はあれから一度も見ていない。
おそるおそる顔を手で触ってみる。
感触は今までと変わりなかった。鏡に映っているように右頬に大きなイボはないし、目も腫れぼったくなっていない。鼻も、低く、大きくなっている感じはしない。
確信は持てないが、鏡にうつる顔だけが盗られてしまっているようだ。
そしてその確信を持てない部分が、これまでの彼氏やあの美人の友達を私から離れさせていったのだ。もしかしたら彼らも家から出ていないかもしれない。別れはいつもメールや電話で告げられた。
顔は、自分で見ることができないのだ。唯一、鏡を持ってしか。
本当に自分の顔が変わってないのか、怖くて、外に出られないのだろう。
悪いことをしたな、と思う。
しかし、私もその報いを受けるときが来たのだ。
妹に電話をして、鏡をあげるから取りに来てよと伝える。
「お姉ちゃん持ってきてよー」と不平そうな声で言われたが、私はそれに頷くことはできない。
私はもう、一歩も家から出ることができない。