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赤い糸の奇跡

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今にも雪が降りそうな冬の空模様。

都内の小さなcafé shop。
私は、席を外したあなたを待っていた。
不意に鳴る携帯電話。それはあなたからだった。

「これから....俺とゲームをしようか。1時間で俺を見つけて。」
「もしもし、何を言っているの?今どこにいるの?トイレじゃなかったの?
どこから電話しているの?ねぇ聞いてる?」
「クスッ すぐそばにいるよ。ちゃんと俺を見つけて。いい?これからスタートね。
必ず、人がたくさんいる中で、俺を見つけ出して」
「ちょっと、待って、電話を切らな………」

人の言うことを最後まで聞かずに切れた携帯電話。
ツーツーという音だけがむなしく耳元で聞こえている。

あなたが、私に仕掛けてきたゲーム。

時々、あなたはサプライズだといっては私を驚かす。
ねぇ、今回もそのサプライズなの?

時計を見る。
秒針は刻々と時間を刻んでいく。

いつものCafé shopから急いで飛び出してきたけれど
平日の渋谷とはいえこんな人ごみの中を、何処をどう探せばいいの?
あなたの居場所なんて検討がつかない。
すぐ傍にいる?どう見渡しても、あなたの姿なんて何処にも見えない。

よく立ち寄る本屋さん。あなたと出会ったCD shop。
あなたの好きなアクセサリーのお店。初めてプレゼントを選んだ雑貨屋さん。
ふたりで買ったおそろいのカップを売っているお店。
一緒にプリクラを取ったゲームセンター。それから………。

見慣れた街の景色が急に見知らぬ街並みに見えた。

人の波に逆らって歩く。すれ違う男の人を見る。

髪型があなたに似た人。背の高さが同じぐらいの人。
似たようなファッションをした人。素敵な笑顔があなたに似た人。

この世の中にこーんなにたくさんの男の人がいるのに、
どの人を見てもあなたの面影がプラスされてしまう。

見知らぬ人が声をかけてくる。その人をじっと見た。
優しく微笑んでいる。

でもね。だけど、あなたじゃない。
私は......私は、やっぱりあなたがいい。
あなたじゃなきゃだめ。あなたが私の一番なの。

もう一度時計を見る。
あれから40分が過ぎた。

ほら….もう、見上げた空も、淀んだ灰色の雲が薄ら暗く街を包み始めている。
今にも泣き出しそうな空は私の心そのもの。

灯りも、ひとつふたつと街に点りだした。

あなたとこの恋を始めて3年。
あなたに出会ったあの時のことを今でも鮮明に覚えている。


3年前―。


その頃の私は、仕事にも、恋愛にも疲れてしまっていた。
友達といても、おいしいものを食べても、綺麗なものを見ても、
癒されるスポットに出掛けても心から楽しむ事が出来なかった。

あの日も、私は仕事を終えて数人の友達とこの街にいた。
友達が、ピアノを聴きながらフレンチを楽しむという素敵なお店が出来たからと、
誘われてついて行った。会話を楽しんでいる友達、私は上の空だった。

そんな中で心地よく流れてきたピアノの曲。
優しい音で、滑らかに私の耳へと入ってきた。

誰もが、その曲に聴き入っていた。
さっきまで大声で笑っていた友達さえも、言葉を交わさずにじっと耳を傾けていた。

ただ、無力に流されて生きてきた私。
どんなものも、心にぽっかりと空いた空洞を埋める事が出来なかった。
それなのにその曲が、私の心の奥底のひだを通して空洞に何かを響かせた。
私の脳と胸に刺激を与えた。切なくて暖かい何かを感じさせた。

誰が弾いているのかなんて見はていなかった。
お店を出てからもその曲が忘れられない。その曲が脳裏を離れないでいた。
友達と別れて、そのままCD shopへと走った。

曲名も、誰の作品なのかも知らなかった。曲のフレーズだけはわかっていた。
それだけを頼りにCD shopに入り直接店員さんのいるカウンターに向かった。

「ねぇ、店員さん、この曲、誰の曲か知らない?こんな曲なの ララララ……」
「そんな歌われても……聞いたことないですね。」
「もっと音楽に詳しい店員さんいないの?ねぇ、もう一度よく聞いて、ラララ…..」

私は思わずカウンター越しでその店員さんに掴みかかっていた。

「その曲は、売っていないよ」

私はその声なるほうに振り向いた。

「どうして?どうしてわかるの?」
「だってその曲は、俺が作ったから」

そこに立っていた彼は、背が高くてさらさらとした髪に黒縁の眼鏡をかけていた。
何よりもその眼鏡の奥に見える瞳に魅かれて釘づけになった。

あの時、澄んだ瞳の奥に私は何かを感じたの。

それから私たちは、同じ時間を共に重ねてきた。
いくつもの喧嘩もしてきた。
笑って、泣いてまた笑ってって。何時もあなたが傍にいてくれた。

同じ音楽に耳を向けて、たくさんの人のliveにも出かけた。
初めて手をつないで買い物に出かけた時の、
照れるあなたの笑顔がたまらなく好きになった。
同じ時間の中で一緒に食事をしてあなたの好き嫌いを知った。
あなたの隣にいて舌を出して唇をなめる癖に気付いた。
あなたの大きな手が私の髪に触れるたびに胸がドキドキと高まる感覚を覚えた。
大きな満月の見える小さな公園で初めてのkissをしてくれた。
あなたの唇の柔らかさや暖かさが体中に伝わってきた。

初めてふたりがひとつになれた時、
あなたのピアノを弾くしなやかな指が、私の全身に初めての愛を教えてくれた。

この3年間の間に、私は何度もあなたに恋をしてきた。


どうしよう......どうしたらいいの。そのあなたがいない。
このままあなたを見つけ出せなかったらどうしよう。
その不安が私の心の中でどんどん広がって行く。

足がすくんでもう歩けない。私はその場にしゃがみこんでしまった。
あなたを失う怖さに両手で顔を覆った。

どこにいるの………。あなたから私は見えているの?
傍にいるなら今すぐに出て来てほしい。
「おふざけすぎたかな ごめん」って出て来てよ。
それから安心するように私を抱きしめて。

お願い。隠れてないで出ておいでって。

『1時間で俺を見つけて』あなたの声が聞こえた。

ハッとして時計を見た。
1時間。後、10分もない。

早く探さなきゃいけない。立ち上がりまた歩き出す。
その足は小走りになり走り出していた。

交差点の前。
ますます人が増えて行く。

低い灰色の雲、ポツリポツリと泣き出した。
私も今にも泣き出しそう。

こんな人がたくさんの中で。あなたを探すなんて。
もう無理…あなたを探し出せそうもない。

人がたくさんいてその中で自分を見つけて欲しい場所。
人の中に紛れやすい場所。
頭の中でぐるぐるとあなたがいそうな場所を考える。

交差点の中を見渡した。
信号待ちをしているたくさんの人たち。

まさか......この人の中にあなたはいる? の?
そうよ。もしかしたら。いるかもしれない。いる。必ずいる。
変な自信が私を後押しする。

私は大きく深呼吸をして、そしてゆっくりと瞳を閉じて願った。

どうか、必ずこの中にあなたがいてくれますように。と

そして、ゆっくり瞳を開いて人混みの中を、瞳を凝らして見た。
右を見て、左を見る。最後に反対側を隈なく見た。
作品名:赤い糸の奇跡 作家名:蒼井月