海竜王の宮 深雪 虐殺9
ほどなく、薬師様と乳母様は戻って来たので、蓮貴妃は水晶宮に戻って行った。一応、言い含めておきましたが、聴かないなら容赦なく世話してください、とは言っていたが、そんなことできるわけばないだろう、と、上元も静晰も一応、頷いたが納得はしなかった。
三月近くになって、ようやく、小竜の目が覚めた。とはいっても、短期間、ぼんやりと目を開けているだけで、すぐに閉じてしまうから会話も何もない。そろそろ、華梨を下ろしてもらわなければ、と、乳母様も考えている。
「そろそろ、新年ですな? あなた様。」
「然様ですね、あなた様。・・・やれやれ、面倒でございますね。」
神仙界にも区切りはある。新年には、各方面のトップが天宮に参内し新年の挨拶をする行事がある。さすがに、これは代理というわけにはいかないので、崑崙のトップと謡池のトップも参内しなければならない。
「あちらは、どのような仕儀ですかな。」
「どうにか、あちらの騒ぎも収束しそうだとは聞いておりますが。詳しいことまでは、さすがに。」
「さて、どうしますか。」
「出向かぬわけには参りませんから、行かねばなりませんよ? あなた様。」
「なに、私は一度くらい参内しなくても。」
「まあ、とんでもない。それなら、私くしだって。代理を立てますわ。」
「いえいえ、あなた様は神仙界の顔です。新年の参賀に、その顔がなくては、あちらも困られるでしょう。」
「それをおっしゃるなら、あなた様も、でございますよ? ひとりで、小竜を独占しようなんて・・・私くしは許せません。」
小竜をだっこして言い合っている姿は、まさに仲睦まじい夫婦なのだが、どっちも神仙界を代表する方たちで、天宮への参内をサボるとかほざいている段階で、静晰は頭が痛いところだ。てめぇーらが行かなくて、どーするよっっ、と、内心で裏拳つきでツッコミつつ、二人の前で叩頭する。
「お二方様に申し上げます。・・・・それは、いけません。お二方様とも、公務はきちんと勤めていただかなくては、下々に示しがつきません。小竜のことは、私くしが世話をいたしますので、ひとまず、お戻りいただけませんか? 」
「だがね、静晰。小竜は手がかかるのだよ? 」
「そうですよ、静晰。おまえでは無理です。」
「いえ、無理ではありません。小竜にも多少の我慢は強いていただきます。・・・・三月も行き方知れずでは、神仙界の噂になります。」
三月以上、東王父と西王母が公式の場に顔を出していない。まあ、東王父は研究のため引き篭もっているといえば、なんとかなるが、それでも天宮の参賀に不在では、さすがに噂になる。西王母にいたっては、そろそろ噂になっているはずだ。あっちこっちと出歩くのが、好きなお方だが、行き方知れずで三月は長い。一度、公式の席に顔を出さないと、何かあったと思われてしまうだろう。その何かを探られては竜族に影響がある。
「うーん、正式に参内するとなると、時間がかかるのだよ。」
「ですが、薬師様。それが公務でございます。・・・・わずか数日のことです。どうぞ、天宮に参内ください。・・・乳母様もですよ? 」
正論なので、どちらも渋々、了承はしてくれた。一端、本拠地に戻って、そちらから天宮に出向くとなると、一週間はかかる。まあ、それぐらいなら、なんとかなる、と、静晰も世話はするつもりだ。こちらは、厳戒態勢のお陰で新年の挨拶も少ないので、公務は少ない。もしかすれば、蓮貴妃が顔を出してくれるかもしれない、と、予想もしていた。
前回は、上元夫人も手伝ってくれたが、今回は、さすがに、謡池からの応援も望めない。さて、と、静晰は覚悟を決めて世話を始めた。予想通り、小竜は泣くし唸る。根気良く薬を飲ませて身体を拭くだけでも気が疲れる。それに、ぼんやりと目を開けている小竜は、なんだか怯えた様子だ。まあ、そりゃそうか、と、静晰も納得はする。なんせ、初対面なのだ。人見知りが激しいのは、前回の様子でわかっている。
とはいっても、ここには静晰しかいない。諦めてもらうしかない。抱き上げて小竜の顔を、自分の胸に凭れさせる。こうすれば、通じるはずだ。
「小竜、私は、あなたの義理の姉にあたります。西海白竜王の正妃、静晰です。・・・・しばらくは、私の世話で我慢していただきます。よろしいですね? 他には誰もいらっしゃいません。我侭を申されても、どうにもなりません。」
内心で、どうかお願いですから、世話を受けてください、とは願ったものの通じるのかは不明だ。だが、小竜は目を開けて、静晰は見た。左目は包帯に覆われているから右目だけが漆黒の瞳で静晰を見ている。
「お目覚めですか? 深雪様。」
「・・・だれ?・・・おかーさんは・・・」
「私は静晰です。・・・お母様と華梨様は水晶宮で公務を司っていらっしゃいます。」
「・・かえる・・・・」
「まだ、お帰りにはなれません。怪我をしておいでです。それが治らなければ、お戻りいただくわけにはいきません。」
「・・おかーさん・・・」
「ですから、公務をなさっておいででございます。」
「・・・かえりたい・・・」
「無理です。」
何度も同じ遣り取りをしていたら、静晰も面倒になってきた。どうも通じていない。蓮貴妃の言うことは、きちんと理解している風だったのに、自分では届かないらしい。そのうち、小竜は寝てしまったので寝台に下ろして一息つく。
そして、それから小竜は目覚めなくなった。経緯を知らない静晰は、言うことを聴いてくれたのだろうと、そのまま世話をしていたが、実は、両親も華梨も居ないのなら寝て待とうと小竜が本格的に眠りに沈んだだけのことだ。
新年の行事の最中に、一度、白竜王は西海の宮に戻って来た。それほど年賀がないとはいうものの、自分の配下たちの挨拶は受けなければならなかったからだ。
「お帰りなさいませ、我が上。」
「いろいろと済まない。」
「いいえ、西海の宮の管理は私くしの仕事です。お身体のほうはいかがですか? 」
「俺は、ほとんど傷はない。深雪は? 案内してくれ。」
帰宮の挨拶も、そこそこに白竜王は正妃の離れに顔を出した。そこには、小竜が眠っている。目覚めはしたが、今は眠っているという妻の報告に、やっぱりか、と、溜め息を吐いた。そうなるだろうとは思っていたが、判りやすいことだ。まあ、このほうが深雪も楽ではあるだろう。騒ぎは、そろそろ収束しそうだから、もうすぐ両親と華梨も、こちらに降りて来られる筈だ。
寝台の前で膝を折り、深く叩頭した。体力を使い切るほどの無茶をさせたのは、自分の落ち度だ。それに、深雪の功績を自分のものにしてしまった。詫びるだけでは済まないが、今のところは詫びるしかできることがない。
「すまなかった、深雪。・・・・おまえが起きたら、ちゃんと詫びはするから・・・だから、今は体力を戻してくれ。」
三月近くになって、ようやく、小竜の目が覚めた。とはいっても、短期間、ぼんやりと目を開けているだけで、すぐに閉じてしまうから会話も何もない。そろそろ、華梨を下ろしてもらわなければ、と、乳母様も考えている。
「そろそろ、新年ですな? あなた様。」
「然様ですね、あなた様。・・・やれやれ、面倒でございますね。」
神仙界にも区切りはある。新年には、各方面のトップが天宮に参内し新年の挨拶をする行事がある。さすがに、これは代理というわけにはいかないので、崑崙のトップと謡池のトップも参内しなければならない。
「あちらは、どのような仕儀ですかな。」
「どうにか、あちらの騒ぎも収束しそうだとは聞いておりますが。詳しいことまでは、さすがに。」
「さて、どうしますか。」
「出向かぬわけには参りませんから、行かねばなりませんよ? あなた様。」
「なに、私は一度くらい参内しなくても。」
「まあ、とんでもない。それなら、私くしだって。代理を立てますわ。」
「いえいえ、あなた様は神仙界の顔です。新年の参賀に、その顔がなくては、あちらも困られるでしょう。」
「それをおっしゃるなら、あなた様も、でございますよ? ひとりで、小竜を独占しようなんて・・・私くしは許せません。」
小竜をだっこして言い合っている姿は、まさに仲睦まじい夫婦なのだが、どっちも神仙界を代表する方たちで、天宮への参内をサボるとかほざいている段階で、静晰は頭が痛いところだ。てめぇーらが行かなくて、どーするよっっ、と、内心で裏拳つきでツッコミつつ、二人の前で叩頭する。
「お二方様に申し上げます。・・・・それは、いけません。お二方様とも、公務はきちんと勤めていただかなくては、下々に示しがつきません。小竜のことは、私くしが世話をいたしますので、ひとまず、お戻りいただけませんか? 」
「だがね、静晰。小竜は手がかかるのだよ? 」
「そうですよ、静晰。おまえでは無理です。」
「いえ、無理ではありません。小竜にも多少の我慢は強いていただきます。・・・・三月も行き方知れずでは、神仙界の噂になります。」
三月以上、東王父と西王母が公式の場に顔を出していない。まあ、東王父は研究のため引き篭もっているといえば、なんとかなるが、それでも天宮の参賀に不在では、さすがに噂になる。西王母にいたっては、そろそろ噂になっているはずだ。あっちこっちと出歩くのが、好きなお方だが、行き方知れずで三月は長い。一度、公式の席に顔を出さないと、何かあったと思われてしまうだろう。その何かを探られては竜族に影響がある。
「うーん、正式に参内するとなると、時間がかかるのだよ。」
「ですが、薬師様。それが公務でございます。・・・・わずか数日のことです。どうぞ、天宮に参内ください。・・・乳母様もですよ? 」
正論なので、どちらも渋々、了承はしてくれた。一端、本拠地に戻って、そちらから天宮に出向くとなると、一週間はかかる。まあ、それぐらいなら、なんとかなる、と、静晰も世話はするつもりだ。こちらは、厳戒態勢のお陰で新年の挨拶も少ないので、公務は少ない。もしかすれば、蓮貴妃が顔を出してくれるかもしれない、と、予想もしていた。
前回は、上元夫人も手伝ってくれたが、今回は、さすがに、謡池からの応援も望めない。さて、と、静晰は覚悟を決めて世話を始めた。予想通り、小竜は泣くし唸る。根気良く薬を飲ませて身体を拭くだけでも気が疲れる。それに、ぼんやりと目を開けている小竜は、なんだか怯えた様子だ。まあ、そりゃそうか、と、静晰も納得はする。なんせ、初対面なのだ。人見知りが激しいのは、前回の様子でわかっている。
とはいっても、ここには静晰しかいない。諦めてもらうしかない。抱き上げて小竜の顔を、自分の胸に凭れさせる。こうすれば、通じるはずだ。
「小竜、私は、あなたの義理の姉にあたります。西海白竜王の正妃、静晰です。・・・・しばらくは、私の世話で我慢していただきます。よろしいですね? 他には誰もいらっしゃいません。我侭を申されても、どうにもなりません。」
内心で、どうかお願いですから、世話を受けてください、とは願ったものの通じるのかは不明だ。だが、小竜は目を開けて、静晰は見た。左目は包帯に覆われているから右目だけが漆黒の瞳で静晰を見ている。
「お目覚めですか? 深雪様。」
「・・・だれ?・・・おかーさんは・・・」
「私は静晰です。・・・お母様と華梨様は水晶宮で公務を司っていらっしゃいます。」
「・・かえる・・・・」
「まだ、お帰りにはなれません。怪我をしておいでです。それが治らなければ、お戻りいただくわけにはいきません。」
「・・おかーさん・・・」
「ですから、公務をなさっておいででございます。」
「・・・かえりたい・・・」
「無理です。」
何度も同じ遣り取りをしていたら、静晰も面倒になってきた。どうも通じていない。蓮貴妃の言うことは、きちんと理解している風だったのに、自分では届かないらしい。そのうち、小竜は寝てしまったので寝台に下ろして一息つく。
そして、それから小竜は目覚めなくなった。経緯を知らない静晰は、言うことを聴いてくれたのだろうと、そのまま世話をしていたが、実は、両親も華梨も居ないのなら寝て待とうと小竜が本格的に眠りに沈んだだけのことだ。
新年の行事の最中に、一度、白竜王は西海の宮に戻って来た。それほど年賀がないとはいうものの、自分の配下たちの挨拶は受けなければならなかったからだ。
「お帰りなさいませ、我が上。」
「いろいろと済まない。」
「いいえ、西海の宮の管理は私くしの仕事です。お身体のほうはいかがですか? 」
「俺は、ほとんど傷はない。深雪は? 案内してくれ。」
帰宮の挨拶も、そこそこに白竜王は正妃の離れに顔を出した。そこには、小竜が眠っている。目覚めはしたが、今は眠っているという妻の報告に、やっぱりか、と、溜め息を吐いた。そうなるだろうとは思っていたが、判りやすいことだ。まあ、このほうが深雪も楽ではあるだろう。騒ぎは、そろそろ収束しそうだから、もうすぐ両親と華梨も、こちらに降りて来られる筈だ。
寝台の前で膝を折り、深く叩頭した。体力を使い切るほどの無茶をさせたのは、自分の落ち度だ。それに、深雪の功績を自分のものにしてしまった。詫びるだけでは済まないが、今のところは詫びるしかできることがない。
「すまなかった、深雪。・・・・おまえが起きたら、ちゃんと詫びはするから・・・だから、今は体力を戻してくれ。」
作品名:海竜王の宮 深雪 虐殺9 作家名:篠義