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Beautiful Dream

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もう暮れかかる街の景色。
逸る気持ちを落ち着かせて、ひと通りに出てタクシーを探した。

言い知れない気持ち。
こんな気持ちで、あなたとの時間がすれ違って行ってしまうのはいや。

あなたが、日本を出てしまう前に、会いたい。
あなたに会って、伝えなきゃいけない。
私の正直な気持ち。


手を上げる私の前に1台のタクシーが止まった。

「お願いです。羽田まで急いでください」

タクシーに乗ると車窓に流れる景色を見つめていた。
今朝の、記憶が脳裏に浮かびあがる。

すれ違う生活の中で忙しさを惜しんで、ふたりの時間を楽しむはずだった。
759マイルを超えてあなたは私に会いに来てくれたというのに。
私ったら……….。

車窓の景色から目をそらして眉間を指で押さえた。
そして目を閉じた。

「こんなことで、動揺してどうする。この先もこんなんじゃ、お前とは一緒にいられない。
好きにすればいい」

その言葉が私の心を何度もナイフのように突き刺す。


「あの娘とずっと部屋にいたのよ」
「親しそうに、話していたわよ」
「抱き合っていたのをみたわ」
「誘ったのは彼じゃない?」
「あなたと離れてることをいいことにやりたい放題よね」

遠く離れた場所から流れてくるいくつもの噂話。
衝撃的だったのはあの娘との写真。

親しそうにあなたの車に乗り込んでいくあの娘。
あなたの右手は腰に回されていた。でしょ。

周りなんかの声より、何よりもいちばん信じられるのはあなたの言葉。

なのに。

「馬鹿だな、俺が愛しているのはお前だけだろ。安心しなよ。」

ってひとこと言って欲しかっただけなのに。

会えた喜びよりもいつもと違うあなたの行動やしぐさが、一層私を不安にさせた。

「聞いてほしいことがある。会って話をしたい。」

そのために私に会いに来たのでしょう。
それなのに、何をそんなに話すことをためらっていたのよ。

友人たちと海まで出かけた時も、あなたは、心から楽しめていたの?
空の上から、街を見下ろしている時も、遠い瞳をして、ため息をついていた。

ふたりで過ごしたあの夜でさえも。
何も言わずにただ………。

絡んでいく指先を強く握りしめた。
白いシーツを滑っていくあなたの体が激しく動く。
幾たびも押し当てられた唇がひどく痛い。
何度も求められて、無数に体に付けられた赤い愛のあかし。

朝はいつ訪れたのだろう。
まどろみの中で不意に鳴る携帯電話。

受けるあなたの向こう側の声、確かに女の人だった。
ここにはいない写真のあの娘を思い浮かべた。

電話が切れた後、私は聞いた。

「今のは誰から」

意外な顔をしてあなたは、私を見た。

「俺を、疑ってるの?」

「聞いてる質問が違う。疑われるような相手なのね」

心に閉じ込めていた言葉が口をついて溢れだした。
そのあとに、呆れた顔であなたが私に言ったの。

「こんなことで、動揺してどうする。この先もこんなんじゃ、お前とは一緒にいられない。
好きにすればいい」

そして、私はあなたに枕をぶつけて、部屋を飛び出した。

否定も肯定もしないあなたが憎らしかった。ただ悔しかった。
自分が一番愛されていると信じていた。
この先も、ずっとあなたと寄り添って生きていくのだと信じていた。

腹立たしさと後悔が私の心を翻弄する。
人ごみを訳もなく歩き続けた。

いきなり後ろから肩をつかまれて、一瞬あなたなのかと期待をした。

「こんなところで何してんの?」

声を掛けてくれたのはあなたの親友だった。

「あいつと一緒じゃなかったの?」

彼を見て我慢していた涙が止めどなく溢れた。

東京湾が一望できるカフェに、人目につかないようふたりは椅子に掛けた。
冬の日差しがきらきらと水面を輝かせていた。
あなたの好きな甘いハニーティーの温かさが私の心をやさしく包んでいった。

「私がいけないの。変な嫉妬心で彼を責めたから」

「あいつがなんで、この大変な時期に、ここまで君に会いに来た理由を知ってる?」

私は首を横に振った。

「あいつ、まだ話していないんだね」

私は俯いたまま彼の話を聞いた。

「あまり詳しくは話せないけど、あいつ、今が大変だって言っていた」

ひとりで異国の街で仕事をしていくのは大変だって事。
言葉の壁、文化の違い、気を許す相手がいない。
疲れて帰った部屋に明かりがついていないさみしさ。

私はあなたの何を見て来たのだろう。

「あいつ、もう君をひとりでここに置いていけないって、君に覚悟を決めてもらうって言っていたよ。君となら、あいつもこの先に何が起こっても乗り越えていけるさ。だろ」

私は、あなたの……..気づいてあげられなかった。自分の事しか考えていなかったから。
自分を責めた。

「このまま、あいつを帰しちゃっていいの? あ、それからあの写真の娘ね、俺の彼女だから。ほら、人気商売だからさっ隠すのが大変なわけよ。お腹に俺の子がいるの。大きなお世話だろうけど言っとく。あいつは君に、ぞ・っ・こ・ん・だ・か・ら。」

彼は私に笑顔でウインクをした。



目を開けて時計を見た。
出発の時間まで間に合うかしら。

「お願い急いでください」

携帯電話になんかに頼らない。あなたに直接会って私の想いを伝えるのだから。

いつもあなたはそうだった。自分で抱え込んで解決しようとする。
これからの事であなたが覚悟を決めたのなら、私も覚悟を決める。

オレンジ色に染まった空に、飛行機が飛んでいく。

お願い、私を置いて行ってしまわないで。
私が行くまで待っていて。

時間がもどかしい。
私の心は、もうあなたへと飛んでいるのに。

空港に着くと急いでタクシーを降りて走った。ヒールの高い靴が邪魔をする。
おぼつかない足元。人ごみにあなたの姿を探した。
たくさんいる人の中にあなたを見つけられない。

広い空港のロビー。あなたはどこにいるの?

階段、あなたの寄りそうなカフェ 、受付。
どこを見てもあなたの姿が見当たらない。

まさかもう、機内へ?

電光掲示板を見た。
出発時刻00:00 韓国23X便。

人の波をかきわけて、搭乗口に急いだ。

焦る気持ち。切れていく息。
ロビーの中央に立ちすくんだ。
左から右へと、ひと回転して周りを見渡した。

エスカレータを登っていく見覚えのあるうしろ姿。
黒のパーカーをかぶった背中。

あなたをやっと見つけた。

「待って…..いかないで……」息が途切れて、声にならない言葉。

あなたに届かない。

今度は渾身の想いを力に込めて叫んだ。

「待ちなさい。そこの黒のパーカー!!!」

エスカレーターで登り切ったところであなたが振り返った。
周りにいた人々も私を見た。恥ずかしいなんて言ってられない。
あなたが私を見ている。私は、あなたを見上げて声を上げた。
作品名:Beautiful Dream 作家名:蒼井月