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虹が見たいの

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僕は、声をかけた。はっきりと怪しくないようにやや大きめの声でかけた。
「どうされたのですか?」
ホースから勢いよく飛び出していた水がどぼどぼと地面に落ちた。
その女性は少し僕のほうを見たが すぐにホースの先を持つ指先に力を込めると、再び水は勢いよく上向きに飛ばし始めた。
僕は、もう一度 「どうされたのですか?」と聞いた。ずいぶん彼女に近づいたが、様子は変わらない。聞いた言葉が可笑しかったのかと聞き直してみる。
「何なさっているのですか?水撒きにしては…」
「虹が見たいの」
え? 僕は聞き返すまでに 何度もその言葉が頭の中を巡った。
「あの、失礼ですが、虹って空にかかる七色のやつですか?」
彼女は、かくんと頭を落とすように頷いた。
「また失礼ですけど、もう夜ですよ。お日様は出てないようですが…」
僕は、その頭の可笑しな彼女に話しかけながら 笑っていた。
「虹が見たいの」
彼女は、また空に向けて水を撒き始めた。手から腕に伝う水が彼女の衣服まで濡らしていた。このまま立ち去ろう。そんな思いと哀しげに何度もいう言葉に少し付き合ってやろうと思った。それにこんな夜に 彼女を此処に一人にするのが、悪いことのように思えた。
「そう。見えるといいね」
「虹が見たい……」
僕は、水の掛からないところまで下がった。植え込みの柵がちょうど良い腰掛けになった。

夜風に吹かれながら、斜め後ろからの彼女を見た。彼女は、まだ幼さを感じる少女のような顔つき。黒いのか茶色なのかはっきりしないが肩からやや背に掛かるくらいの髪がさらさらと風に揺れる。膝丈のスカートと低めのヒールの靴。レースの縁取りの靴下。肘辺りまでの袖のブラウスは、水で濡れて 彼女の腕に張り付いていた。
(水、勿体無いぞ。見つかったら叱られるぞ)そんな言葉も出そうだが、彼女の願いのような思いを見てみたい気がした。
もちろん、僕は夜にそれが見えるなど信じてはいないのだけど、起こるかもしれないと…起こって欲しいかもと期待をしていた。
作品名:虹が見たいの 作家名:甜茶