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海竜王の宮 深雪  虐殺6

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 青麒麟が、館の上空に飛び上がると、蓮貴妃も同じ方向に飛び上がる。すでに、片羽は感覚がおかしいが、飛ぶには支障はない。早く、解毒しなければならない。そうでなければ、小竜の身体を損なうし、我が上の身体も心配だ。


 大きな館を、いくつか飛び越え、離宮のひとつに青麒麟は誘導した。そこの回廊に、件の女神は待っていた。
「火急の用件ですか? 蓮貴妃。」
 降り立って、叩頭した蓮貴妃に声をかけて、差し出されている書簡を手にする。それを、さらっと読み終わると、側付きの女官に、謡池のナンバーツーを二人とも招聘させる。
「ほほほほ・・・とんでもないやんちゃさんだこと。」
「西王母様、速やかに霊水を下賜いただけますよう、切に希望いたします。」
「もちろん、否やはございません。ですが、しばし、お待ちなさい。」
「では、先触れとして、私くしは、ひとまず、西海の宮へ戻ります。」
 下賜してくれると言うなら、まず、それを報せるために、蓮貴妃は戻ろうとした。自分が運べるぐらいの量なら、そのまま携えて戻るところだが、簾の考えは、たぶん、風呂一杯の霊水だと思われる。浴槽に霊水を満たし、そこに小竜を沈める。その方法が、もっとも早く傷口に吸収されるからだ。そうなると、いくつかの大きな瓶に霊水を詰めて運んでもらうことになる。さすがに、それだけの量は蓮貴妃には運べない。
「おまえの怪我も手当てせねばなりませんよ? 」
「私くしごときに、気をかけていただき、恐悦至極に存じます。ですが、私くしのことは結構でございます。・・・それより霊水を少しだけでも先に下賜してくださいませんか? 飲ませる必要もございます。小竜に飲ませておけば、多少なりとも解毒はできますれば。」
「もちろん、手配はさせましょう。ですが、おまえは、これより軟禁いたします。」
「は? 」
 うふふふ・・・と、微笑んだ袖で口元を隠したまま、西王母は自身の力を増大させる。そして、すいっと手を払うと、叩頭していた蓮貴妃を庭へ弾き飛ばした。なにを、と、蓮貴妃が起き上がると、すでに、そこには西王母がいる。
「もう、おまえの夫は、本当に人使いの荒いこと。私に肉体労働までさせるんですからね。」
 さらに、蓮貴妃の首の後ろに手刀を叩き込み、蓮貴妃を昏倒させた。ばったりと倒れた蓮貴妃は、動かなくなった。やれやれ、と、西王母は、館から駆けつけてきた上元夫人と九弦天女のほうに振り向いた。書簡には、ちゃんと蓮貴妃の保護の用件も認められていた。怪我を負っている場合は、そちらで保護をして欲しい、と、簾は頼んでいたのだ。西王母が、見る限り、蓮貴妃の羽根は深く傷づいている。あまり無理を続ければ、羽根が動かなくなる。それに、戻る場所は海の底。とても傷の回復は望めない。
「何事ですか? 西王母様。」
 先にやってきた九弦天女が、倒れている蓮貴妃を指し示して尋ねてくる。その相手に、書簡を渡して読ませた。ついでに、上元夫人も、九弦の背後から書簡を確認している。
「これ、これは・・・・まさか・・・小竜が、これを? 」
「まだ、神通力などないはずの小竜ではありませんでしたか? 」
 ふたりとも、信じられない、と、書簡から目を離して、西王母を見る。年端も行かない小竜が、シユウの宮城を攻撃して怪我を負った、という内容が、清々しいくらいに真実味がない。とはいうものの、眼の前の蓮貴妃の様子はただ事ではない。剣の腕なら、神仙界でも並ぶものが少ない蓮貴妃が、大怪我をしているのだ。
「深雪は、人間だった時から特別な力を有しておりました。おそらく、それを使ったのでしょう。シユウの毒を身に受けたということは、シユウと戦ったということです。・・・・本当に、やんちゃな子だわ。」
 その書簡は、深雪がシユウの宮城へ向かう前に書かれたものであるから、どの程度の怪我なのか、どのような戦いだったか、詳細は定かではない。まず、こから確認しなければならない。
「九弦、ひとまず、先触れをしてください。あちらで、詳細を聞いてきておくれ。上元は、蓮貴妃を離宮に保護して手当てをしてください。それから、霊水を瓶に用意させてくださいな。・・・・うっかりしたわ、まず蓮貴妃に、状況を確認すればよかった。」
「傷の手当てをすれば、蓮も目が覚めるでしょう。どういたします? 先触れは? 」
「簾に尋ねてきてくださいな、九弦。そのほうは早いでしょう。蓮貴妃は深く眠らせてしまいましたのでね。」
「承知いたしました。では、早速。」
「お待ちなさい、九弦。まず、霊水を、あるだけ持って行きなさい。どれほど入り用かはわかりませんが、まず、用意してある分だけ。」
「わかりました。まず、持てるだけ運びます。」
 九弦は、さっさと空へ浮かび上がる。謡池の主人が後見をしている小竜が怪我をしたとなれば、こちらも出来る限りの助けはする。なんせ、その小竜は、謡池で大切に大切に育てられた西王母の義理の息子の子供だからだ。もちろん、九弦も上元も、その養育に携わっていたから、謡池では、小竜のことは我が子同様の扱いになる。
「とりあえず離宮の一つに結界を張って蓮貴妃を閉じ込めます。霊水のほうの準備も同時に。」
 上元のほうも動き出す。蓮貴妃を軟禁して治療すると同時に、霊水も準備の手配をするために飛び上がる。蓮貴妃も、かなりの重傷だ。ちゃんと治療しなければ、飛べなくなる。傷が治まるまでは周囲に結界を張り、勝手に蓮貴妃が逃亡できないようにしなければならない。
「誰か、離宮に結界を。それから薬師と医師を呼んでください。」
 離宮に向かいつつ、側に居る女官たちに差配する。とにかく、出来る限りのことは全力でやる。

 それを見送って、西王母は考えていた。傷の具合如何では、自分たちだけでは心許ない。小竜のことだから、超常力の限界まで使っているはずだ。そうなると、眠り病も患っているはずだ。

・・・・九弦の報告を受けてから、まず霊水を運び、それから、回復のためのクスリも必要となりますね・・・・・

 そうなると、最高のクスリを用意できる人物も入り用になる。ちょうど、それに相応しい人物が、西王母の近しい関係にある。実物は、そこにないかもしれないが、必要なものは、そこで判明するはずだ。材料は、こちらで探せばいい。そんなことは、謡池の女仙を総動員すれば可能なことだ。

・・・でも、なんて力の持ち主なんでしょうね、碧・・・おまえの子は、ほんと、驚くことばかりいたしますね・・・・


 小さな竜は、ほとんど神通力を持ち合わせないものだ。まだ生まれて百年もしないのだから、せいぜい、飛ぶくらいが関の山だ。本来の竜の子供とは、そういうものだが、深雪は人間だった時から違う特殊な力を有していた。それは竜に転じても、そのまま残った。その力で、今回は白竜王を救助したらしい。とはいうものの、深雪自身も怪我をしている。力さえ使えなければ、こんなことは起こらないのだが、力があればこそ、今回は白竜王は助けられた。どちらにしても厄介なことだ。