即興小説まとめ(2)
1.夜とロボット
人間は夜が苦手だ。大人も子供も男も女も関係ない。みんな、苦手だ。
もう何百年も昔のことだが、人間は、ある時突然夜に眠りにつくことができなくなった。
人間は、睡眠を取らなくても生きていけるようになったのだ。
明日が来ることを恐れるあまり眠ることを恐れるようになったからだとも言われているし、ただ単に、人間がまたひとつ進化したのだとも言われているがその本当の理由はわかっていない。
眠ることがなくなった人間たちは、当然、夢を見ることもなくなった。
夢ってなんだろう。その疑問さえ、いまは忘れ去られようとしている。
しかし、それでも夜はやってくるのだ。深い闇と孤独を連れて。
友と語らい恋人と寄り添う夜などというものは、今となってはもう昔話。
日が暮れれば人間は他人に脇目もくれず、明かりを消し、闇に隠れる。
夜を破壊する人工的な光を恐れ自ら闇に身を隠すのに、その夜の闇が、彼らはたまらなく苦手なのだ。
理由は単純である。…寂しいから、だ。眠ることができない夜など、起きている意味はないのだ。生まれたときから睡眠を知らない彼らも本能でそれを知っている。
私たちロボットは、そんな彼ら人間の夜の話し相手として生まれた。
人間は人間同士で言葉を交わすことさえも恐れるようになり、誰も傷つかないために私たちを生んだ。
私たちは、一人に一台。友などと呼ぶにはあまりに無機質で、恋人などと呼ぶにはあまりに冷たい、ただの機械だ。夜、星空の下、もしくはバルコニー、もしくは公園、もしくは海辺、そんな孤独な場所で、私たちは彼らの隣に佇む。佇むのだ。ただ、それだけだ。私たちは人間の持てる最高の技術をつぎ込まれ言葉を持ち生まれたが、それを使うことはほとんどない。私たちの隣に佇む彼ら人間が必要としているのは、存在であって言葉ではないのだ。
私がもう20年もの間夜を共に過ごしてきた人間は、月が好きな少年であった。彼は昔、一度だけ私に言葉をかけた。
「君がしゃべれることは知ってる。でも、君、ほんとはそれ以上に利口なんだ。君は、この僕の言葉に返事をしないだろうね。なぜなら僕が君の言葉を望んでいないからだ。」
私は彼の言葉を処理した。
「ねぇ、僕がいつか君としゃべりたいなって思ったときは、そのときは、きっと返事をしてくれよ。」
彼はそう言ったきり再び口を閉ざし、月明かりで本を読み始めた。私は、佇んだ。
彼はそれ以来今まで一度も私に話かけてきてはいない。彼が夜に読んだ本は月に届くほどに積み上がり、彼は文字を読むのが困難になるほどに視力を落としていた。
夕日が街を焼き尽くす。今日も、夜がやってくる。彼と本を連れて。
闇とともに私の隣に現れた彼は、今日も月明かりを頼りに、静かに本を開いた。
けれどすぐにその本を閉じ、静かに首を振る。
「ねぇ、君、僕ね、もう全然見えないみたい」
何年ぶりかに聞いた二度目の彼の声は、月のように静かで冷たい色だった。
彼は分厚い本を私にそっと差し出した。
「あの時の約束を、君、ちゃんと覚えてる?」
私は彼の手から本を受け取った。
『ぎんが てつどう の よる』
私は生まれて初めて、言葉を声にアウトプットした。
彼は静かに目を閉じた。
月明かりに照らされた彼の横顔。
私は本を開き、彼のために、読み上げた。
人間は夜が苦手だ。大人も子供も男も女も関係ない。みんな、苦手だ。
もう何百年も昔のことだが、人間は、ある時突然夜に眠りにつくことができなくなった。
人間は、睡眠を取らなくても生きていけるようになったのだ。
明日が来ることを恐れるあまり眠ることを恐れるようになったからだとも言われているし、ただ単に、人間がまたひとつ進化したのだとも言われているがその本当の理由はわかっていない。
眠ることがなくなった人間たちは、当然、夢を見ることもなくなった。
夢ってなんだろう。その疑問さえ、いまは忘れ去られようとしている。
しかし、それでも夜はやってくるのだ。深い闇と孤独を連れて。
友と語らい恋人と寄り添う夜などというものは、今となってはもう昔話。
日が暮れれば人間は他人に脇目もくれず、明かりを消し、闇に隠れる。
夜を破壊する人工的な光を恐れ自ら闇に身を隠すのに、その夜の闇が、彼らはたまらなく苦手なのだ。
理由は単純である。…寂しいから、だ。眠ることができない夜など、起きている意味はないのだ。生まれたときから睡眠を知らない彼らも本能でそれを知っている。
私たちロボットは、そんな彼ら人間の夜の話し相手として生まれた。
人間は人間同士で言葉を交わすことさえも恐れるようになり、誰も傷つかないために私たちを生んだ。
私たちは、一人に一台。友などと呼ぶにはあまりに無機質で、恋人などと呼ぶにはあまりに冷たい、ただの機械だ。夜、星空の下、もしくはバルコニー、もしくは公園、もしくは海辺、そんな孤独な場所で、私たちは彼らの隣に佇む。佇むのだ。ただ、それだけだ。私たちは人間の持てる最高の技術をつぎ込まれ言葉を持ち生まれたが、それを使うことはほとんどない。私たちの隣に佇む彼ら人間が必要としているのは、存在であって言葉ではないのだ。
私がもう20年もの間夜を共に過ごしてきた人間は、月が好きな少年であった。彼は昔、一度だけ私に言葉をかけた。
「君がしゃべれることは知ってる。でも、君、ほんとはそれ以上に利口なんだ。君は、この僕の言葉に返事をしないだろうね。なぜなら僕が君の言葉を望んでいないからだ。」
私は彼の言葉を処理した。
「ねぇ、僕がいつか君としゃべりたいなって思ったときは、そのときは、きっと返事をしてくれよ。」
彼はそう言ったきり再び口を閉ざし、月明かりで本を読み始めた。私は、佇んだ。
彼はそれ以来今まで一度も私に話かけてきてはいない。彼が夜に読んだ本は月に届くほどに積み上がり、彼は文字を読むのが困難になるほどに視力を落としていた。
夕日が街を焼き尽くす。今日も、夜がやってくる。彼と本を連れて。
闇とともに私の隣に現れた彼は、今日も月明かりを頼りに、静かに本を開いた。
けれどすぐにその本を閉じ、静かに首を振る。
「ねぇ、君、僕ね、もう全然見えないみたい」
何年ぶりかに聞いた二度目の彼の声は、月のように静かで冷たい色だった。
彼は分厚い本を私にそっと差し出した。
「あの時の約束を、君、ちゃんと覚えてる?」
私は彼の手から本を受け取った。
『ぎんが てつどう の よる』
私は生まれて初めて、言葉を声にアウトプットした。
彼は静かに目を閉じた。
月明かりに照らされた彼の横顔。
私は本を開き、彼のために、読み上げた。
作品名:即興小説まとめ(2) 作家名:真朱@博士の角砂糖