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きみこいし
きみこいし
novelistID. 14439
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アルフ・ライラ・ワ・ライラ11

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ガーズィーの突然の来訪に、イオは書物をめくる手を止め、顔をあげた。
「あの、何か御用ですか?博士なら今・・・」
「いや、お前に用があってきたのだ」
「わたしに?」
イオの言葉を遮って話を進める魔術師に、少女は怪訝そうに首をかしげる。
「単刀直入に言う。娘よ、契約の証を渡せ」
「・・・契約の証?」
「ふ、隠さずともよい。魔神を従わせる、道具だ。持っているのだろう?」
「っ!」
その言葉に、イオはハッと指輪を押さえこむ。イオの反応を目ざとく観察していたガーズィーの口元がニヤリと歪む。
「それか」
目に狂喜を浮かべ、魔術師が一歩近づく。
「やめて、来ないで!」
ガーズィーから放たれる魔力におびえ、とっさにイオは後ずさる。
けれど、一歩。また一歩。男が近づく。
「なに、危害を加えるつもりはない。ただその指輪をわしに譲るのだ」
小さな獲物をいたぶるかのように、ジリジリとガーズィーが距離をつめる。イオは次第に壁際に追い込まれた。魔術師の目に浮かぶ嗜虐の色に、イオは身を震わせる。
「できません。外れないのです」
「ならば致し方ない。手荒なまねはしたくはなかったが」
「何を・・・」
「この国の繁栄のために、そなたには死んでもらおう」
その言葉とともにガーズィーの周りを風の刃が渦を巻き、今にもイオに襲いかかろうとする。
「いやっ!『灯り』よ!」
とっさに魔術師に向けて灯りを飛ばすが、ガーズィーが手を振っただけで、風が咆吼をあげ、灯りの玉はあえなく四散した。
「ふ、たわいない。やはり灯りの魔女ごときに魔神など・・・宝の持ち腐れだ」
「いや、や!来ないで!!」

――――勝てない。殺される。

ジズの時とは違う、本物の魔術師。それが放つ殺気に、イオは背を向けて逃げ出した。
けれど、その行く手を風の刃が襲う。
「いやぁ!」
書物台が割れ、切り裂かれた書物が宙に舞う。
「くぅ!」
肩に鋭い痛みが走る。凶刃がイオを襲い、肩口を切り裂いたのだ。傷口を押さえ、後ずさる獲物に、嘲笑が追いかけてくる。
「ふははは。いいぞ!逃げてみるがいい」
口元を醜く歪ませ、ガーズィーの風が襲いかかる。
そのとき、騒ぎを聞きつけたのか、書庫の奥からアーレフ老師が駆け込んできた。
「ガーズィー!何をしておる!」
「アーレフ老師!!」
「ふん、老いぼれが。ちょうど良い、二人まとめて始末してくれるわ!!切り裂け!砂嵐」
「危ない!!」
とっさにイオはアーレフに飛びかかり、まとめて地面に倒れ込む。そのすぐ傍らを、風が唸りを上げて通り、石床を掻き散らす。床に伏せる二人の上に、ぱらぱらと石の破片が落ちてきた。
「よすんじゃ、ガーズィー!!」
「黙れ、老いぼれ!そこで指をくわえて見ているがいい。これで、わたしの時代だ!!うははははっ、風よ、砂漠の猛き風よ!刃となりて、切り裂け!!」
「いやぁ!」
「イオ!!」
迫り来る風の凶刃に、死の痛みに、イオはギュッと目を閉じた。
けれど。
「・・・やってくれるじゃねぇか」
痛みのかわりに降ってきたのは、怒りに満ちた男の声だった。
思わず顔をあげるイオ、その彼女を背にかばうように、目の前に男が立っていた。ひるがえる黒髪、すらりとした長身、その両腕には手枷が鈍く光る。鎖が風に煽られチャラチャラと冷たい金属音を立てる。
「ジャハール・・・」
仰ぎ見る魔神。その真紅の双眸が少女の傷口に止まる。押さえる指の隙間からポタリ、ポタリと血が流れ、床に赤い花を散らす。
「てめぇ・・・」
ジャハールの瞳に宿る熾火が、激しい怒りに火を噴いた。
ギロリと刺すような視線を向ける魔神に、ガーズィーは狂喜の笑みを深くする。
「おお、お前が魔神か!すばらしい!わたしの風を止めるとは!!いや、それよりも一体どこから出てきたのだ。実に見事だ、これが、この力が、わたしのものに!!さあ、魔神よ、わたしと契約を結べ。今からお前はわたしに仕えるのだ!!」
蕩々とあふれる狂瀾の言葉に、ジャハールは顔をしかめ呟いた。
「くらだらねぇ」
そして、ゆらりとジャハールの身体が揺れたかと思うと、瞬時にガーズィーの眼前に顕現する。無造作に、それこそ虫でも払うかのように魔神が手を払うと、幾重にもまとっていた防御呪文は粉砕され、魔術師は吹き飛び、地面に叩き付けられた。
「ぐ、は・・・馬鹿な」
コツ、コツとジャハールが足を進める。
顔を上げたガーズィーの眼前に立ちふさがる黒い影。
ゆらりと周囲の空気が歪む。まるでこの魔神の存在に夜が怯え、その姿を変えるように。

――――これは、人の形をした闇だ。

ガタガタと歯が震える。暗く、深い闇の中、熾火のように炎の双眸が光る。
無言のままジャハールは男の腕をつかむと、躊躇いもなくひねりあげた。
「ぐっあぁぁ!」
激しい苦痛にガーズィーが顔を歪め、打ち上げられた魚のように喘ぐ。室内に男の荒い呼気が響く。
「や、やめろ!はなせ・・・」
万力のごとき力は微塵も緩められることなく、ミシミシと魔術師の腕がきしむ。そして。
―――――バキッ
骨が砕ける重い音が響いた。
「ぎ、あぁぁっぁっぁっ!」
「くははははっ!さあ、次はどうしてやろうか」
まるで虫の手足をもぐように、造作もなく腕を折ったジャハール。その姿にイオは身を震わせる。
(やだ。こんなジャハール、やだ・・・)
魔術師の絶叫に、こだまする魔神の笑い声に、イオは耳を塞ぎたくなった。
けれど。
「ジャハール!やめて!!」
少女の叫びに、男が静止する。
「なぜとめる」
立ち上がり、キッと自分を見据える少女に、魔神は視線を向ける。痛むのだろう。傷口を押さえ、けれど視線は少しも揺るがない。強い瞳だと、ジャハールは嘆息する。
「やめて、お願い」
「・・・見逃せば、こいつらはまたお前を襲うぞ」
「ジャハール」
「ジズと同じだ。欲に突き動かされ、指輪を手に入れるためにお前を殺す。今ここで殺しておけ。この先こんな奴らが何百、いや何千と出てくる。指輪の存在を知った奴らに、追われて、狩られて、それでもお前は『殺すな』と言うのか!いい機会だ。お前に手を出せばどうなるか・・・見せしめだ」
魔神の手に魔力が凝縮される。恐怖に顔を引きつらせ、逃れようと藻掻くガーズィーをあざ笑い、今まさに、魔力が放たれる。
紅い光がジャハールを妖しく照らし、その歪んだ笑みに、イオは叫んだ。
「やめてよっ!何でそんなこと言うの!!」
絶叫するイオをギロリと睨み付け、ジャハールは手を振り魔力を拡散させると、少女の胸ぐらをつかみあげ、噛みつくように怒鳴りつけた。
「お前が何もわかってないからだっ!状況を見ろ!!世界がお前の敵だ。お前に残された道は、一つしかない。殺られる前に殺れ!破壊し!恐怖で世界を支配しろ!!」

『なぜ、わからない!』
お人好しの、脆く、頑固な主に、魔神は激高した。

『どうして、わかってくれないの』
無慈悲で、獰猛な、最強の魔神に、イオは打ちひしがれる。

―――――相容れぬ思い、埋まらぬ溝。

どうしようもない無力感にイオは絶叫し、手を振り下ろす。
「やだ、やめてってば!!」

―――――パン、と乾いた音が響いた。

魔神はイオの平手を甘んじて受けとめた。ゆるゆると二人の視線が交わる。
「・・・オレが疎ましいか」