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ワールドエンド

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 わたしたちはキューブの露出した山間の隘路を、またそれらがほとんど埋没した平原を足取り海岸線にむかいました。わたしたちのコロニーがある島の中央部を離れるにつれ、キューブの露出はしだいに顕著になってゆきます。ゆるやかな丘の木立の影でひっそりと冷えるその面に手を触れると、あの方はわたしたち一人ひとりに語りかけるように、これらはそのむかし多彩な形状をしていたんだよ、とそして、けれど覚えていることが困難になったから、みんな同じようなカタチになったんだ、と繋ぎました。わたしはわたしたちがみなとても似ていることと同じなのかあの方に問うことを躊躇いました。あの方はわたしが問おうとし躊躇ったことを酌み取ったふうな目配せを行く手へとむかわせ、さあ、と声をかけ、するとみなもとのように歩きだしたのでした。
 海にむかう平らな丘は、わずかな勾配でながくつづき、それだから水面を見たときにその高低差が意外でした。切り立った斜面に露出したキューブのあいだを葛折る小径が、下のほうまでは見通せずにつづいています。わたしたちはむかってくる潮風にそれぞれの髪を撫ぜられながら、所々にキューブの山を頭出す海面の、凪いだ煌めきを目にその小径を下ったのでした。
 古くなった廃棄衛星が落ちてくるのを待つ場所として、突出したキューブが偶然に整列したようなところを、あの方が選びました。わたしたちはあの方を挟んでそこに座り、海にむかって足を自由に揺らしたりし、また隣の子を見たり、海の輝きを見たりしたのでした。この島を離れると、眼下から彼方まで、海面しか見られない海が、どこまでもつづいているのです。輝きの明暗のパターンを敷き詰めた海面が、曲率のはっきりした水平線まで、つづいているのです。わたしはしだいにほんとうは触れていない海からの風に、わたしがいま感じていることすらもが運ばれていってしまうのではないかという思いになりました。そんなときとなりの子につつかれて横向くと、一人分を紙に包んだクッキーを、彼女が手渡してくれたのでした。耳の上で結わえた海のほうの髪が、丘にむかう風でその微 笑みを横切っています。わたしはわたしが彼女のように髪を結わえてみたなら、どんな気持ちになるのかと少し、思ったのでした。
 あの方がカップにコーヒーを注ぐと、一列にならび腰掛けるわたしたちの手から手へ、それがわたってゆきます。とくに肌寒さを感じていたのではないけれど、みな一様にカップを包む両の手を温めているような様子でいます。わたしたちは誰しもがまだクッキーをくちにしていません。コロニーで暮らすわたしたちが発想できるお菓子のなかで、それは贅沢なものの一つなのです。わたしたちは揃ってはじめの一枚をくちにしたでしょう。コーヒーの香りを鼻先に嗅ぐと、バニラクリームの甘さを共に、嚥下したのでしょう。
 残りのクッキーは紙を敷いてスカートの上に、カップをキューブの面に置いたわたしたちは、古くなった廃棄衛星が落ちてくるのを、歌を唄ってまつことになりました。あの方がわたしたちにそう願ったのです。わたしたちはあの方の願いで歌を唄うようなことをこれまでにもよくしたものでしたが、世界はもう終わっています、それだからわたしたちの歌には歌詞がなく、きまってルを唄うこととなるのでした。音楽のなかにもとからある旋律を選びだしては、みなで単一のメロディーで唄うのです。わたしたちは古くなった廃棄衛星が落ちてくるまでのあいだずっと、海にむかってそんな歌を唄いつづけていたのでしょう。たとえ潮風にさらされつづけたとしても、世界はもう終わっています、コーヒーが冷めるようなことすらもないのです。さきほどあの方がいったように、かつては楽器というものの部品であったのかもしれない小さなキューブが、わたしたちの歌に共鳴するささやかな音が、周囲にただ少しだけ、散在するくらいなものなのです。

 <了>
 2008/6/15
 sai sakaki
作品名:ワールドエンド 作家名:さかきさい