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ワールドエンド

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 コロニーの天窓がおとす日溜まりのすぐとなりで、わたしたちは籐の籠に山積みになったジャガイモを、ひとつずつ洗ってゆくのでした。各々がカメノコタワシを手にしていて、水をはったタライをぐるりと囲みながら、会話もなく黙々と、けれどみな一様に、静かな微笑をたたえているのでした。一様に。そう、わたしたちはみなとてもよく似ていて、それなのに膨大な時を共にすごしてきたものだから、たとえ会話をすることがあったとしても、どちらが話し手で聞き手であったのかさえ、記憶違いにしてしまうこともあるくらいなのです。

 いくつも細い指先が、タライのなかで水を弾く可愛らしい音が静かでした。わたしの正面にしゃがんでいる少女が、ジャガイモを水のなかに浸した手で前髪をはらうと、親指の付け根で眉のあたりを撫ぜたあと、上向かせた眼差しの目をつぶさにそこで見張りました。かのじょはそう、きっと、あの方の姿を目にしたのでしょう。あの方はいま、わたしの背後をこちらへむかい、歩いてくるところなのでしょう。
 果樹園の下生えを踏みならす静かな足音を、首筋のあたりではこそばゆく聞いたあと、あの方の沈静に澄んだ声が聞こえたのでした。やあ、みんな、といつものように声をかけ、古い廃棄衛星が海上に落ちてくるはずだから、みなでそれを見にゆこう、というのでした。わたしがスカートのなかでつまさき立ったそのしゃがみかたのまま躰を回し見あげると、天窓のサンに分けられた光芒のなかで見えていないあの方の笑顔を、けれどはっきりと心の目で見ることができたのでした。あの方はわたしたちが立ち上がり、スカートをはたいたり髪を結わえなおしたりしているあいだもきっと、その笑でみなを見守ることでしょう。大きな水筒を肩に掛けておいででした。海辺の潮風を吸い込むと甘い物が食べたくなるだろうから、バニラクリームを挟んだクッキーを持ってゆき、温かいコーヒーで食べようというのでした。わたしたちはとてもそれを喜んで、みな各々の部屋へ支度をしにゆきました。光の筒が立ち並ぶ果樹園の林間をまっすぐに抜け、かつて世界を終わらせたときに、ありとあらゆる動く物を光の記号で保存したといわれる黒々とした石碑を横目に歩いてゆくと、ぐるりと果樹園をまわりこむ石造りの外壁にならんで、わたしたち一人ひとりに与えられた、簡素な小部屋があるのです。
 わたしがつかう小部屋には、寝台と背もたれのある木椅子と、わずかな着替えを収納する壁に埋め込まれたクローゼット、そして胸像が納まる程の大きさの壁掛け鏡があるのでした。書庫から借りてきた一冊の本が整えられた寝台の上に投げ出されています。長細い間取りをむこうから下ってくる窓外の明かりが、床板で艶めいたワックスの表面を輝かしています。わたしはそのなかを進み窓辺に近寄ると、窓外に照らされるこの顔を鏡のなかに映しました。といた髪にブラシをとおし、わたしはわたしの結わえ方、ゆるく結わえて利き腕側から前にまわす結わえ方をして、鏡像と見つめ合い、笑顔をためしてみるのでした。肩掛けを羽織り、ハンカチを皺のないものに取り替えると、あの方がまつみなのもとへと、少し早足でむかうのでした。
 各々がやはり肩掛けを羽織っていたのでした。わたしたちは石と多くのガラスからなるコロニーの外へでると、東の海岸を目指し歩き出しました。クッキーの詰まったバスケットを手に、髪をひとつにしっかりと結わえた子が先頭を歩き、その後をおさげで結わえた子が、そしてその後を少し離れ、背の高いあの方が歩いたのでした。わたしは耳の上で二つに結わえた髪を揺らしながら歩く子の後を歩き、わたしの後ろには、あつめた髪を玉にした子がつづいたのでした。空は晴れたところの青さと断雲とのコントラストがとても強く、雲の縁をなめた陽射しが照度をもたらすときなどには、ほんとうはこの世界に投影されているだけにすぎないわたしたちの姿が、霞んだり乱れてしまったりすることもあるのでした。ふたたび断雲が掩蓋すると、裸の腕が冷え冷えとなるのです。
 海岸線は大小様々な正立方体からなる地形をしています。それらはキューブと称されるものであり、この世界が終わってしまうまでは、組み合わされることにより多彩な機能をもっていたものでした。それには手のひらに並べられるようなものからわたしたちの背丈にまでおよぶものもあり、磨かれた黒曜石のような表面のものから、ガラス質であり、内部の曖昧な構造がうかがえるものまであるのでした。世界が終わってからの年月が積み上がるその山の上に土壌を堆積させたのでした。そしてその上に植物は根付き、所々にキューブを露出させたままの山塊は、いつしかノアとよばれるにいたる、地球に残された唯一の孤島であるこの島を、形作ることとなったのです。
作品名:ワールドエンド 作家名:さかきさい