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しわくちゃのコマクサ

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田舎というものは何でこんなにも不便なことが多いのだろう。夜になればあたりは5メートル先も見えない。街灯も大きな施設のある所にしかないから暗くなる前に家に帰らなきゃいけない。昔は少し遅くなっても近所の家からもれる明かりやお店の看板など、街明かりが夜の闇を薄くしていたものなのに。
 さらになにより気に入らないのが虫が多いことだ。
 家のすぐ下の庭、いや僕の部屋の中で鳴いているのだろう。鈴虫の声がうるさくて自分の部屋だというのに落ち着かない。僕は引っ越してきてからもう一ヶ月もたつというのに、未だにこの田舎の生活になじむことができないのだ。
 お父さんの仕事の都合で僕は日本の真ん中あたりにある、山に囲まれたこの場所に引っ越してきた。お母さんが言うにはお父さんは昇進して工場長という職になったらしいけれど、僕は偉くなったのになんで反対にこんな不便な生活を送らなきゃならないのか不思議に思った。
 今日も外の田んぼから聞こえてくるゲッゲッという不快な音で目を覚まし、少しそでの長い兄さんお下がりのパジャマのボタンを留め直し、目をこすりながらご飯を食べに階段を降りる。ドアを開けるとキッチンを慌ただしく動き回るお母さんとのんびり新聞を広げるお父さんがいた。昔のお父さんはこんな時間にのんびりしていることはなく朝早くから家を出ていたのだけれど、今は車で数十分で会社に行ける位近いらしく、朝僕もお父さんと顔をあわせる。特に会話が増えたわけではないんだけれど。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう。かずや顔は洗ったの? ご飯より先に顔を洗いなさいっていつも言ってるでしょ」
「うん。洗ってくる」
 冷たい水道水で顔を叩くように流す。洗顔フォームは置いてあるけれどこれは兄さんのだ。勝手に使うと怒られるから僕は水だけで流す。兄さんのようにニキビができてるわけでもないから、冷たい水ですっきりできれば目もしっかり開く。
「洗ってきた」
「はいはい。じゃ早く食べちゃいなさい」
「うん」
 自分の席について手を合わせて食べ始める。味噌汁をすすっていると珍しくお父さんが声をかけてきた。
「かずや学校には慣れたか?」
「うん。この前の社会のテストで百点取れたよ」
「ふむ。勉強で遅れているところはないか?」
「全然。前の学校とそんなに変わらないところからだったから大丈夫」
「そうか。まあ慣れないこともあると思うが何でも一生懸命やりなさい。じゃ、母さん出るよ」
 そう言うとお父さんは静かに椅子を引き立ち上がる。
「はいはい。今ジャケット持っていきますから玄関で待ってて」
「そうか。悪いね」
 二人はさして急いだ風でもなくリビングから出ていった。残ったのは僕と起きた時よりさらに騒々しくなったゲッゲッと鳴くカエルの声だけだった。

 田舎での生活の不便なところはまだある。それは学校へ行くことで片道四十五分は歩くんだ。しかも舗装されたアスファルトの道なんかじゃなくて、石が無造作に転がっている砂利道。さらに油断していると目に飛び込んでくる木の根っこ。そして手を使わなくちゃ登れないような道もある。最後のは僕が最近見つけた近道だけれど。だから毎回学校に着いたらまずすることが手を洗うことなんだ。田舎って不便だ。
 学校に着くと色んな年の子が同じ校舎で走り回っている。小学一年生から中学三年生まで。たしか六〇人位が同じ学校で生活しているんだ。小学一から三年、四から六年、中学一から三年三つのクラスに分かれている。僕は四年だから真ん中のクラスだ。
 教室に着いたらまずやる仕事がドアを開けることなんだ。うちのクラスのドアは前も後ろもすごく古くてあけるだけで一苦労。女の西村先生なんていつも顔をトマトみたいな色にして開けてる。教壇の上に立つ頃には何もなかったかのように出席をとるんだけどね。
 このドアは開けるのにコツがあって一度思いっきり蹴とばして少し隙間を開けたら足をねじ込んで少しずつ開けていくんだ。僕も初めは一生懸命手で開けていたけど、一ヶ月もたてばみんなのを見て真似した方が早く開くって気がついた。先生に見られると怒られるからいつも廊下にいないか確かめてからドアを蹴とばすんだ。
 教室の中には僕より先に何人かのクラスメイトがいた。ここまで数が少ないと大抵登校してくる順番も決まってくる。家が近い子、早めに来ておこうという真面目な子、あとは無性に朝早くから学校に来ていたいって子もいる。まだ教室の中にはほとんど人がいない。僕は好んで早く来ているわけじゃない、家が近い方なのだ。先にいたクラスメイト達は年齢は違うけれど、仲良く昨日のテレビについておしゃべりしていた。たぶん僕が来たことには興味がないのだろう。僕は未だにこのクラスの雰囲気に馴染めなくて大抵一人だ、
 最初転校してきたばかりの頃は都会の方に住んでいたぼくは色んな事をみんなから聞かれたりしたけど、話すのがあまり得意じゃない僕はあまりにぐいぐい来られても楽しく話をすることができなかった。楽しくなかったのは僕だけでなくほかのみんなもで1週間もすると僕は話をする人が先生位になってしまった。
 だから田舎は嫌なんだ。
 みんな好奇心旺盛でなにごとにもすぐに興味を持つのだけど冷めるのもものすごく早いんだ。
 でもいいんだ。
 僕には家に帰れば本だってテレビだってゲームだってある。学校にもこうして本を持ってきていれば退屈な時間を過ごさずにすむ。
 僕は荷物を自分の机に置いて一昨日買ったばかりの読みかけの本を取り出した。これは近くに本屋さんがないからお父さんに頼んで買ってきてもらったものだ。はさんでいたしおりを目印に本を開いたところで僕は席の前に人が立っていることに初めて気がついた。
「ねえ、久石君」
 目を上げるとそこに立っていたのは大きな身体をしているが、ゆるい目元が優しさを醸し出している堂本君だった。今日は日直だったかなと慌てて立ち上がったけれど黒板に僕の名前はなかった。なら何の用で僕に話しかけてきたのだろう。
「な、なにかな?」
 久しぶりのクラスメイトとの話でかすれた声になってしまった。
「今日放課後時間空いているかな? 少し付き合ってほしい場所があるんだけどダメかな?」
「ダメじゃないけどなんで僕なの?」
 これまでこちらに来て一度も遊ぼうなんて誘われなかったから急な話で手から変な汗が吹き出てきた。
 でも堂本君はあまりまとまっていない短めの髪をいじりながら、照れたような苦笑いのような曖昧な顔をして言ったんだ。
「いやさ。ぼく友達いないから。頼めそうなの久石君しかいなくて。はは……ダメかな」

 放課後、結局僕は堂本君と一緒に山の中に入っていった。
 そういえば堂本君は優しげだし、身体も大きいからクラスでは目立つのに見るたびいつも一人だった。休み時間も外で遊んでいるけれど鉄棒や縄跳びと一人で遊べるようなところにしかいなかった。
「大丈夫? 少し休む? あと十分位だけど」
「いや疲れてるけどあと十分位なら歩くよ」
 こんな風に優しくて気づかいのできる堂本君がいつも一人な理由は、僕にとってはあまりにちっぽけなことだった。
『僕んち貧乏だからさ……』
 堂本君はあの時寂しそうに笑顔を見せた。
作品名:しわくちゃのコマクサ 作家名:月灯