宇宙の宅配便
「こんにちは、宅配便でーす」
「はーい!」
「キュー!」
インターホン越しに聞こえた声に、僕はキュータロウと一緒にハンコをもって玄関に飛び出した。
僕ときそうように廊下を走るキュータロウは、すっかり家族の一員だ。
「今月の荷物は、なんだろうね?」
「キュー?」
玄関を開けると、いつもの宅配便のお兄さん。……と、今日はもう一人、同じ制服を着たおじさんが並んで立っていた。
「こんにちは!今日はどうしたんですか?」
「こんにちは、今日の荷物はとっても大きくて重たいんだ。おうちの中まで、僕たちで運ぶからね」
そういって見せてくれた今日の段ボール箱は、本当に大きかった。先月のキュータロウの箱の五倍はあるだろう。
一体何が入っているんだろう。
ハンコを捺すと、お兄さんとおじさんはよいしょ、と息をあわせて箱を持ち上げた。
「お邪魔しまーす!」
お兄さんたちの元気のいいあいさつに、リビングでテレビを見ていたお母さんがびっくり仰天して出て来た。
「ええっ!?こんなに大きいの?もうしまう場所、ないわよー」
ぎょぎょっと目を丸くするお母さんの目の前を、荷物を持った二人が通っていく。
「じゃ、ぼくたちはこれで」
「ありがとうございましたー」
リビングに荷物を運び入れると、お兄さんたちはぽんぽんと腰を叩きながら帰って行った。
「……今月の、何だと思う?」
「さあ、お母さんには、わからないわ……」
僕とお母さんと、ついでにキュータロウは、箱を挟んでしばし、顔を見合わせた。
先月は、キュータロウだった。先々月は、隕石のかけら。その前は、宇宙船の一部。
「まさか、宇宙人の標本だったりして!」
「やだ、やめてよー」
「冗談だってば」
少しの間、あはは、と笑い合って、僕たちはふう、と一息ついた。さて、とお母さんがハサミを入れる。
ゆっくりとフタを広げて、見えた中身に、僕とお母さんは先月のキュータロウの時の比ではない、ギャーッ!!!という悲鳴をあげた。
なんと、段ボールの中には、ぱんぱんに膨れたビニール袋の中に横たわる、男の人が入っていたのだ!
「なななな、なによこれ!」
「キュー、キュキューっ!!!」
「わわわ、わからないよ!」
二人と一匹で、箱の周りをぐるぐると駆け回りながら、ぼくはふと気が付いた。
「お母さん、これ、お父さんじゃない?」
そう、箱の中で横たわっているのは、先月の手紙に付いてきた写真に写っていた人。お父さんだった。
「え、お父さん?あら、ホント」
僕の言葉に一瞬冷静になったお母さんだったが、お父さんの顔を見たとたん、ああッと叫んで、座り込んでしまった。
「え、おかあさん、どうしたの?」
「こんな姿になって帰ってきて。宇宙で苦労したのね……」
「えっ、これってお父さん、死んじゃったの?」
「先月キュータロウを送ってくれた時から、何があったのかしら……」
「えっ、ねえ、お母さん」
「それにしても、こんな風に送ってくるのね、知らなかったわ……」
「ねえ、お母さんてば。これ、お父さん息してるよ?」
「え?本当?」
よよよ、と泣き崩れていたお母さんが一瞬にして回復した。
おそるおそる箱の中を覗き込む。確かに、ビニール袋の中で、お父さんのおなかの辺りはのどかに上下に動いている。
「あ、本当だったわ。じゃあ、お父さんを袋から出しましょう。何でこんなことをしたのか、ちゃんときかなきゃ」
僕とお母さんとで協力してお父さんの梱包を解く。なんだか変な気分だった。
梱包を解いて十五分。目を閉じていたお父さんが、とうとう「ふあああ」と大きなあくびをして、目を開いた。
「ああ、良く寝た良く寝た。お、地球だ」
気持ち良さそうに伸びをして、お父さんは、お母さん、僕、キュータロウの順に見回した。
「久しぶりだな、凜太郎。大きくなったなあ。おっ、キュータロウも元気じゃないか」
「お父さんっ!!」
のんきに頷くお父さんに、お母さんが詰め寄った。目が若干吊り上っている。まずい。
「ごめんごめん、お母さんも、久しぶりだな」
「そうじゃなくて、何でこんな紛らわしいことをしたんですかっ!」
「ああ、実はねえ……」
頭をかきかき、お父さんが説明するには、こういう事だった。
宇宙でのお父さんの研究は、地球と惑星との間の生き物の運搬をもっと簡単に出来ないか、という事だったらしい。宇宙旅行が一般的になり始めた最近、もっと手軽に宇宙と地球を行き来する方法がないのか考えていたのだそうだ。
宇宙船を使うと、一週間はかかる。でも、宅配便なら、三日で届くことに、お父さんは気づいたんだそうだ。
「お母さんは、宅配便が届くとその日のうちに電話をくれるからね。とても助かったよ」
そこでお父さんは、宅配便を使って生き物を運べないか、実験を始めた。
「ほら、半年くくらい前に、宇宙花を送っただろう。あれで、いける、と思ったのさ」
「あ、その花なら、ベランダで元気に咲いてるよ」
宇宙花は、植木鉢に芽がでた状態で送られてきたものだった。お母さんがガーデニングが好きな事を覚えていて送って来たんだと思っていたけど、実験だったんだ。
「ほお、あとで見て来よう」
それからお父さんは実験に実験を重ね、先月のキュータロウの実験を成功させ、今日、自分が実験台になって地球に帰ってきたのだった。
「いやあ、今回の研究の成功のお蔭で、地球に転勤になったからな」
「えっ、いつから」
「一週間後からだな。それまでは、リフレッシュ休暇だ」
よおし、凜太郎やキュータロウと遊ぶぞー、と楽しそうに笑うお父さんを見て、僕とお母さんとキュータロウは顔を見合わせて苦笑いした。
宇宙からの最後の宅配便は、一番うれしくて、一番手に負えないものらしいや。