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海竜王の宮 深雪  虐殺4

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華梨は最後まで抵抗はしたものの、深雪の考えに納得はして、最後に首肯した。それが、一番、被害が少ないのは間違いではないからだ。ただし、自分と背の君の命も懸かる。それだけが気懸かりだ。自分はいいのだ。だが、大切な背の君を死なすことだけはできない。
「もし、どうしても逃げ切れないと判断された場合は、呼んで下さいますか? 」
「・・・うん。」
「私の願いは、叔卿兄上を助けることだけではありません。あなた様も無事に、ご帰還くださらなければなりません。」
「わかってる。」
「最悪は、背の君だけで跳んでください。叔卿兄上のことは諦めます。あなた様が無事なのが、一番の願いです。」
「わかってるよ。なんとかするさ。華梨を泣かせたりしない。」
 微笑む、その小さな身体を抱き締める。まだ小竜なのに、この方は、自分なんかよりも、ずっと深い考えをお持ちだ。人間を捨てて、自分と添うてくださった。自分のために、自身の命も懸けてくれる。なんて自分は果報者だろう。
「ありがとうこざいます。私は、あなた様を選んで幸せにございます。」
「いや、生かしてくれたのは、華梨なんだけど? 俺は、あのままだったら人間として死んだままだ。・・・きみのために、やってみる。」
 そう、全ては華梨のためだ。こんな危険な真似をする必要はない。華梨が、兄たちは好きだ、と、言ったから、助けに行ってくれるのだ。
「では、まずは公宮に参りましょう。」
「ここから跳んでいく。そのほうが、他のものに見つからずに、辿り着ける。華梨、目を閉じていて。」
 抱き上げている小竜の命じるままに、目を閉じると、風が動いた。とんっと足が着地したのを確認すると、すでに公宮だった。




「なんてバカなことを言うのだっっ、深雪。」
「深雪、子供が出てくる場所では在りません。速やかに宮に帰りなさい。」
 両親は、あっけらかんと言い放った小竜を捕まえて、大声で叱っている。おまえまで、何かあっては・・というのが、両親の気持ちだ。それは、とても嬉しいのだが、騒ぎを大きくしないというなら、深雪が出向くのが一番だ。
「でも、お父さん、お母さん、俺は宮城の内に入らなくても三兄を跳ばすことができる。その方法が一番、被害も少ないはずだ。」
「だが、おまえの体力では竜体のままで移動するのも疲れるのだぞ? シユウの宮城までは急いで丸一日。それだけ、おまえが保つはずがない。」
「そこのところは、一姉におんぶしてもらう。帰りも、一姉に運んでもらう。・・・・だから、大丈夫。」
「そんなこと、許可できませんよ、深雪。おまえのような子供に、そんなことをさせるわけには行きません。」
 両親は、興奮状態で小竜を叱っている。ここで止めなければ、小竜が勝手に動いてしまう。いつもなら、両親に叱られたら泣き出す小竜は、今日は耐えているのだが、だんだんと涙が目に溜まってきた。
「じゃあっっ、俺、ここから勝手に跳んで行くからねっっ。誰も止められないだろっっ。三兄を助けて戻ってくるからねっっ。・・・俺、途中で寝ても、どうなってもいいんだねっっ。」
 興奮して泣きながら深雪も怒鳴る。その言葉に、周囲は沈黙した。それは事実だからだ。跳ばれてしまったら居場所もわからない。今までは、それほど遠くに跳んでいないから発見できたが、水晶宮の外へ跳ばれてしまったら捕まえるのも難しい。わんわんと泣き出した小竜は、母親にしがみついている。
 沈黙が続く中、華梨が両親の前に出て叩頭する。
「父上、母上、私たちには、背の君は止められません。背の君が単独で行かれるとおっしゃるなら、私くしも援護のために、後からついてまいります。・・・・私たちは、叔卿兄上を助けたいだけです。どうか、お許しを。」
「許せるはずがないだろう、華梨。」
「ですが、私の背の君は、竜族にはない特別な力をお持ちです。そちらを使われては、私たちでは対処が出来ません。・・・・支援をしてくださらなければ、私も背の君も、無事ではすみません。私は、それでも構いませんが。いかがですか? 」
 実際問題として、深雪を閉じ込めておくことは不可能だ。どこへでも跳ぶことができる。瞬間移動なんていう力は、神仙界でも深雪しか持たないだろう。
「華梨、おまえは、それてよいのだな? 万が一の場合は、おまえも冥界に下らねばならんのだぞ? 」
 それまで黙っていた長も、口を開いた。確かに跳ばせることはできるだろう。ただ、末弟の体力は著しく低い。途中で力が足りなくなることもあるし、シユウに気付かれて追撃を受ける場合もある。そうなれば、小竜も助からない可能性もあるのだ。
「もちろんです。ですが、私は背の君を信じております。きっと戻ると約束してくださいました。」
 背の君が行くというなら、止めるつもりはない。というか、華梨にも止められない。それなら信じて待っているのが最善の策だ。
「簾、おまえの策と合わせることはできるか? 」
「やるしかあるまい。・・・深雪を運んで、叔卿の救助だけしてもらえれば、後は、私がどうにかする。」
 陽動を仕掛けて、その隙に、シユウの宮城近くまで接近して、西海白竜王を救助するというなら、どうにかできる。追撃を振り切るか、そこで殲滅するかは、その時の状況次第だ。
「伯卿、おまえ、許可するつもりですかっっ。」
 すでに、簾と実行策について思案している長に、是稀が怒鳴る。こんな小さな竜に、危険なことをさせるなど、母親としても水晶宮の主人としても認められない。
「ですが、母上。華梨の申す通り、深雪を止められるものはおりません。それならば、我らは深雪に最高の支援を与えるべきではありませんか? 」
「母上、小竜の命、我が命に代えましても必ず守りますゆえ。どうぞ、落着いてください。」
 簾も、こうなっては、そうするしかない。大切な我が子だ。何があろうと守るつもりだ。確かに、策としては良いのだ。ただ、小竜に、そんな大きな役目を与えることに一抹の不安はある。敵地なんて、何が起こってもおかしくはないのだ。ちょっとした油断で惨劇になるのは、簾も嫌という程、経験してきている。
 腕にいる泣いた小竜を眺めて、是稀も息を吐く。次代の主人となるために守り育てるつもりの小竜だ。この小竜に、何かあったら、と、思うと決断は出来ない。
「深雪、母はついていけないのですよ? 華梨もです。それでも行くのですか? 」
「・・・うん・・・」
「怖いものが、たくさん居るのですよ? おまえ、殺気なんて知らないでしょう? とても怖いものですよ? 」
「・・・それは知ってる・・・」
 人間だった頃に、それらは体験している。死ね、と、呪われたこともあるし、憎悪する人の波動も知っている。そんなものは、大したことではない。それに、三兄が苦しんでいるのだ。早く助けたい。心配する母親の気持ちも解るが、それでも、止まるつもりはなかった。
「おかーさん、ごめんなさい。でも、行きたい。・・・・大丈夫。俺、ちゃんと帰ってくるよ? 」
「当たり前です。・・・・本当に、おまえは・・・母は心配で胸が張り裂けそうですよ? 」
「・・・うん・・・」
「どうあっても行くのですね? 」
「・・・うん・・・・」
「・・・・わかりました。」