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クロという青年

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少女の話


よ、久し振り。新しい話をしに来たぞ。
これまた特に面白くもない話だ。
その少女は望んだ。
その青年は応えることを躊躇った。
本当に望まれたのは、何か。
今から語るのはその顛末。


「恋がしたい」
 少女は言った。
「勘弁してくれよ…」
 青年はうめいた。
 それは、病院の一室。薄暗い病室の中、一人の少女と一人の青年がひっそりと会話をしていた。
 少女はベッドの上に横たわり、青年はいらついたようにそのそばをうろうろと歩き回っている。
 少女の手元には、一本の傘。
「なんで?あなた、魂をあげればこっちの願いを叶えてくれるんでしょ?」
「だからなんでそもそも俺が魂喰らいだって知ってんだよ…ともかく、あんたのその願いは叶えたくない」
「どうして?」
「魂喰らいってのは読んで字のごとく魂を喰うわけ。で、魂には一応味もあったりすんのよ。でもそれには直前の出来事が強く影響する。だから、味が良くなるような願いなら叶えてやるけど、その願いはそうはならないから叶えたくない」
「なんでよ、良くなるかもしれないじゃない。なんで決め付けるの?」
 きょとんとした口調で返す少女にため息をつきつつ、青年は根気よく説明を続ける。
「あのな…恋って継続するもんだろ?一瞬で好きになってはいおわりーじゃないじゃんか。てことはだ、魂喰われるって知らない奴がそういう願いをした場合はいいよ?気づかないまま喰えるからさ。あんた知ってんじゃん。一瞬でも叶えてもらえたらそれっきりだっていうのをさ」
「それが何か問題?」
「問題だよ。だってあんたどうしたって悲しむはずだし。悲しいってのはスパイス程度ならいいけど全面に出されるとしょっぱくてかなわん」
「あら、私は放っておいても近々死ぬもの。悲しむのはとっくにしたわ。だったら私は最期に良い想いを抱きたいの」
「…それに、魂喰われたら輪廻とやらからも外れるんだぞ」
「もう一度生きたいなんて思わない。そんなことしたら、もう一度死ななきゃならないじゃない」
「あぁもうああ言えばこう言う…」
 そう言って青年は頭を大きく抱えた。盛大に溜息を吐く。
「叶えてくれないならこれは返さないわ」
 言いながら、少女は傘を抱き寄せる。それを見て青年は絶望的な表情をした。
「だからそれは困るんだって…ただの傘に見えるかもしんねーけどな、そいつは俺の大事な相棒なんだぞ!」
「そんなこと知らないわ」
「それにさっきも言ったけど、あんまり長く此処にいたらあいつらに見つかるんだって!此処病院だぞ病院!ただでさえ見回る馬鹿がいないとも限らねぇのに…」
「それも知らない」
「あーくそっ!ほんの少し座標をミスっただけだってのに…」
 青年の態度を気にする様子もなく、少女はマイペースに話を進めていく。
「ねぇ、叶えてよ。私に恋をさせて」
「…あのなぁ、いいか?あんたに恋をさせるには、俺が乗り気じゃない以上の問題があるんだよ」
「何かしら」
「相手だよ。恋愛っつーのは一人じゃ出来ないだろ?」
「あら、相手ならいるわよ」
「…なんだ、センセイらの中に誰かお気に入りでも?」
 半ば呆れたような口ぶりで話す青年に、少女は言葉を突きつける。
「違うわ。…あなたよ」
「… はぁ?」
 突然のご指名に、青年は目を丸くした。
「運がいいわね。あなた、私の好みのタイプよ」
「いや、どこが運良いのか全然わかんねぇ。…何、俺がたまたまあんたの好みだと?」
「そう言ってるじゃない。ほら、その目が紅いとこなんて最高」
「なんだその趣味。っていうか、うわー…すげぇめんどい…」
「何よ」
 その態度にも少女が動じる様子はない。
 息を吐き、青年は諦め口調で話を進める。
「で、具体的に俺にどうしてほしいわけ?」
「できることならデートがしたい」
「いや無理だろ」
「そんなこと、わかってるわ。でも意識だけで出歩くのも駄目?」
「それはあんたがもたない」
「あら残念。じゃあ…キスしてくれればいいわ」
「…は、たったそんだけ?」
 組まれた腕。訝る表情。
 少女はそれにさらりと答える。
「だって他に何も出来ないじゃない。何、そういうことでもしてくれる?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
「でしょ。だからこれでいいの。お願い。私の願いを叶えて」
「…その前に一つ聞いていいか?」
「どうぞ」

「あんた…なんでそんなに死に急ぐ?」

 その言葉に少女ははっとした表情を見せ、そして
「だって…こうでもしないと死ねないもの」
 軽い口調でそう言った。
「見ての通り、私は自力じゃ死ねない。殺して欲しいと頼めもしない。それどころか、母様や父様は生かそうとするでしょう。そんなの嫌。負担になってまで生きたくない」
「ふぅん…まぁ、本気なら俺には何も言うことはないが。…後悔しないな?」
「死んだら後悔なんて…」
「そういう意味じゃない」
「…しないわ」
「……わかったよ。契約成立だ」
 言うが早いか、彼女の元へ顔を近付け
 軽く、触れるだけのキスをした。
「これでいいか?」
「…冷たいのね」
「あんたが望んでないからな」
「…いつから気付いてたの?」
「わりと最初っから変だとは思ってたけど…俺を好みとか言い出した辺りから?あんた、俺みたいな奴が好みだとは到底思えねーもん」
「気付いてるのになんで叶えてくれたの?」
「それはまぁ…弱さかねぇ俺の。根負けしたっつーか…あと、相棒を返してもらわないと困るもんで」
「そう…ごめんなさい。それに、ありがとう」
「これから自分を喰う相手にお礼って…ま、どういたしまして」
 帽子を取り、大袈裟にお辞儀をしてみせる青年。
 その帽子を目深に被り直すと
「…じゃ、お代」
「えぇ、どうぞ」
 少女がゆっくりと目を閉じる。
 青年が一瞬躊躇する素振りを見せ─
「…」
 それだけだ。
「ありがとう母様、さようなら父様、ごめんなさい─」
 言葉はそこで途切れる。
 動くのは青年と、手のひらの青く白い光だけ。
「遺言とか…また随分重いモノを押し付けてくれるな、ったく」
 言いながらも光をぱくりと一口に。
「うわ、しょっぱ…!」
 途端、小さく悲鳴を上げる。
「うぇ、食えたもんじゃねー…これだから苦手なんだよ、死にたがりはさ!平気で嘘つきやがって…」
 はぁ、と溜め息。
「……っとあぶねーあぶねー」
 さして慌ててもいない素振りで、少女の手から傘を取り返す。
「それではおやすみ、眠り姫」
 傘をくるりと一回転。後に残るは計器に繋がれる少女と、
「!……尻尾甘すぎ…」
 その小さな呟きだけ。


ほら、面白くないだろ?
結局彼女が欲したのは恋ではなく死、他人との恋愛ではなく身内との家族愛だったってわけだ。
ん?あぁ、心配しなくても彼女はちゃんと死んだよ。
少しだが尻尾を残してきたからな。たぶん…俺が去ったすぐ後だろう。“そのとき”に死神が刈り取ったはずだ。
あれじゃ延命治療も無駄だったろうし…彼女の望みは叶えたと言えるんじゃないか?
輪廻の輪には戻れない。魂が不完全だからな。でもま、それは俺に頼んだのが間違いってことで。
しょうがねーよなー。人間にゃ、意識がない相手と会話する術がないんだから。彼女は俺みたいなのに頼むしかなかったわけ。可哀想な話だろ?
作品名:クロという青年 作家名:泡沫 煙