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Bataille de la saison

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《Hiver》


 夕暮れの光に照らされた古城。冷たく張りつめた空気。雪化粧をほどこされた城は夕焼けに照らされて緋く染まる。懐かしき場所。遠き幸せの残滓。そして、忘れえぬ悲劇の舞台。かつての栄光は見る影もない。
 半ば朽ちた扉を開き、人の絶えた回廊を行く。埃によって曇った廊下。歳月によって風化した名画。柱の陰には黒き影。
 一人古城を歩む帰還者を黒い影が取り囲む。阻むように。捕えるように。しばしの沈黙の後、その内の一体が帰還者に襲い掛かった。
 散る火花。鳴り響く銃声。胸部を撃ち抜かれた影が崩れ落ちる。帰還者の手には銀の回転式拳銃(リボルバー)。白い煙が銃口から細くたなびく。
 仲間の一人が塵に還っても、影たちが揺らぐことはなかった。ただ無言で帰還者を囲み、獲物を見つけた獣のように襲い掛かった。
 かちりと回転弾倉(シリンダー)が回った。
 トリガーを引くと、目の前の影が塵に還った。影の襲撃を避け、銃弾を撃ちこむ。右に、左に、上に、下に。無数の影を撃ち抜いていく。薬莢の転がる音。トリガーを引く度に一つの影が倒れていく。敵を撃ち落としながら大理石の回廊を行く。
 前から迫る影を右手の銃で撃ち落とす。左手の銃で背後の敵を狙い撃つ。休むことなくトリガーを引き続けば、銃声が轟くたびに、火花が散るたびに、影が一つまた一つと倒れていく。
 影の手を避ける。腹部に銃弾を撃ち込む。揺らめく敵の身体を蹴り上げ頭部を撃つ。左手の五体を順に撃ち抜き、後ろに迫っていた影を攻撃を前方に転がって避ける。柱を蹴って空中に飛び上がり、眼下の敵を撃ち抜いていく。真下にいた一体を蹴飛ばし、正面の二体を撃ち抜いて、邪魔者のいなくなった回廊を疾走する。
 向かう先にあったのは、うち寂びれた玉座の間。静かで、影の姿は見られない。
退色した絨毯がまっすぐ奥に伸びている。荒廃した玉座の間を照らすのは、割れた窓から差し込むこの日最後の陽の光。まるで遠い記憶を呼び覚ますように。埋もれた記憶を照らすように。その光の中をゆっくり進むと、後ろで重い音を立てて扉が閉じた。
 玉座に座していたのは仮面の男だった。真っ白な服を纏い、真っ黒な仮面を被っている。影と同じ、表情の無い不気味な顔。男は玉座から立ち上がり、鷹揚に両手を広げた。まるで、父が子を迎え入れるかのように。
―――おかえり。そんな声が聞こえた気がした。
 轟く銃声。手の施条銃(ライフル)から離れた銀の弾丸が仮面を砕く。黒い欠片がはらはらと落ちて――仮面の男はにやりと笑った。
 がら空きの背に衝撃が走った。後ろを振り向くと、そこにいたのはもう一人の仮面の男。顔にはひび割れ一つない黒の仮面。手には黒き刃。
 黒い斬撃が手の施条銃(ライフル)を弾き飛ばした。続く攻撃を前方に転がって避けると、背から鮮血が滑り落ちる。腰のホルダーから双銃を引き抜き弾丸を放つが、硬い金属音がそれを防いだ。銃撃は一発も当たることなく、ただいたずらに空薬莢を増やす。
 次にトリガーを引いた時、回転式拳銃(リボルバー)から漏れたのは銃声ではなかった。目前まで迫る仮面の男。その斬撃を辛うじてかわす。
弾丸を無くした銃はただの金属の塊でしかない。銀の銃身で黒の刃を防ぎ受け流すも、反撃の手段が無い。今のままでは。
 鋭い刃を避け、後方へ下がる。仮面の男の追撃は容赦なく、腕と足に赤い線が刻まれる。傷を負いながらも、床を蹴って今度は男の懐に飛び込んだ。弾の尽きた銃身で刃を受け止め、もう片方を男の腹部に沈める。男が怯んだところで、黒い仮面に回し蹴りを食らわせた。
 男はよろめき後ろに下がる。追撃しようとしたが、その手から油断なく黒いナイフが放たれた。ナイフが頬をかすめ、手をかすめる。
 迫り来る刃を恐れず、男に向かって走る。ナイフを避け、あるいは弾き飛ばし、ただ走る。両手の回転式拳銃(リボルバー)を捨て、男の手の刃を避け、床を滑り込んで男の背後に転がっていた銀の施条銃(ライフル)を掴んだ。
 背中の傷が床とこすれて赤い跡を残す。その焼けつくような痛みに耐え、施条銃(ライフル)を構えた。トリガーを引いて一発、二発。銀の弾丸は仮面を砕き、胸に風穴を開ける。男はただの影へと戻り、塵と化して消えていった。
 だがこれでは終わらない。すぐに身をひるがえし、銃口を玉座に向ける。鳴り響く銃声。銀の弾丸がひび割れた仮面を被った男へと奔った。

 弾丸は玉座の背を抉って止まった。そこに、仮面の男の姿はない。塵に還ったのでもなく、銃弾を避けたのでもなく、幻のように消えてしまった。

 どこにもいない。誰もいない。荒廃した玉座の間はただ沈黙していた。施条銃(ライフル)を背に戻し、空っぽの玉座に近付く。懐かしき場所。遠き幸せの残滓。そして、忘れえぬ悲劇の舞台。かつての栄光は見る影もない。くすんだ玉座の間の中で、帰還者の黄金色の髪だけが鮮やかに浮かび上がる。

 そして、帰還者は懐かしき玉座に座す。
作品名:Bataille de la saison 作家名:紫苑